刻の流狼第四部 カリスアル編【完】
意外と楽しいゲルクとジャンタの掛け合いに、思わず全員の足が止まった。
「酷いっ、幾らなんでもそりゃ殺生な御言葉やないか大将。大将に出逢ったのやて、今は失われてもうた妖精の里やったやん」
「滅ぼしたんお前やろ」
「大将酷すぎるわ。大将が仲間にのけもんにされとる俺を可哀想やと思って、復讐の方法教えてくれたんちゃうん」
「マジですると思わんかったな。冗談で言うたら、ほんまにすんねんから、俺も驚いたわ」
「うっわぁー、もうごっつぅ言うてくれるわ。みんな聞いた? 聞いてくれた? ひっどい話やと思わへんかぁ?」
何処から何時取り出したか判らない極小の布きれで、「よよよ」と目頭を押さえながら、ジャンタがソルティー達に訴えかけた。
「いや、どっちもどっち……」
須臾が代表として感想を述べ、その後ろで残りが頷く。
いつの間にか完全に、全員がジャンタの調子に巻き込まれていた。
「うっそぉ、まじかいな、なんてことやねんっ! こんなに幼気な俺の味方になってくれる心優しい奴が、こんなにぎょうさんおんなかにたったの一人もおらへんやて。ああ〜〜俺はなんて不幸やねん〜〜〜〜」
ジャンタは大声で嘆きながら初めは頬に、その次ぎに交差させて肩に、そして最後に天を仰ぐ様に両手を動かし、これ以上ない程の落胆を示した。
掌大の大きさのくせに自己主張だけはゲルクより、いや誰よりもでかい。誰かが口を塞いで無理矢理止めなければ、延々続きそうな彼の一人芝居に、何故か慣れている筈のゲルクでさえも口を挟めない。
そうこうしている内にジャンタの話はまた始まりそうになって、それを止めようと全員の口が一斉に開こうとし、一番は珍しくハーパーだった。
「お主等、何をしに現れおった」
極々基本的な疑問を問われ、沈黙が辺りを覆った。
「……ああそうやった」
ゲルクはばつの悪そうな顔で状況を思い出し、ジャンタを後ろに投げ捨てた。
眼球が無い所為か、ジャンタが居なくなると途端に彼の雰囲気が一変する。薄ら笑いに近い笑みを浮かばせて一歩だけソルティーに近付くと、恒河沙が表情を引き締め背中の大剣に手を廻した。
「おおっと勘違いは止めろよ。今回は別に殺し合いに来た訳じゃない」
信用できない言葉を嘘っぽく言うゲルクは、丸腰を強調する様に左腕を横に広げて、それ以上前には進まなかった。
「今回は、まあ言うなれば挨拶だ。餌を提供してくれた礼と、此処から先に進まれると俺の出る幕じゃ無くなるお前等への別れのな。これでも俺は、妖魔の中じゃ義理堅い方で有名なんだぜ」
「挨拶?」
「餌?」
「義理堅いって自分で言う?」
「そうや、俺の自慢の大将は礼儀のしっかりした男や。まぁ、俺がそこんとこ教えた成果の――ムギュッ!」
「じゃっかあしいっ!!」
「うっそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!?」
折角再起したジャンタは、今度こそ暫く戻ってこられないように遠くに投げ飛ばされた。
ジャンタに話は中断されるわ、ゲルクの話は要点を得ないわで、退屈で欠伸をしているミルナリス以外は首を傾げたままだ。
ゲルク自身も、ジャンタに話を中断させられるのは本意ではない。出来るなら、格好良くしたいのだ。しかしどうも彼の相棒は、自分が注目されるのには命も張れるらしく、何度投げ飛ばされても舞い戻り、僅かな隙もしゃしゃり出てくる。
ゲルクはジャンタが小さくなって消えるのも待てずに、五人の方へ顔を向けると、少し早口で話し始めた。
「次の機会が在れば再戦と願いたいが、恐らく貴様に勝てる程にまで俺が力を蓄えるのは、一寸ばかり時間が掛かりすぎるんで無理だ」
真っ直ぐソルティーを見据え、至極残念そうにゲルクは首を振った。
もしかすると、この中でもっとも感情豊かなのはこの妖魔かも知れないと思える程、彼は楽しげな顔を浮かべ、また残念そうにも表情を変えていった。
「貴様を殺すのは俺で在りたいが、貴様が彼奴に勝てる筈がねえ」
「彼奴とは?」
「さて、“どっち”だろうな」
ソルティーの言わんとしている事を見通してゲルクは含みを持たせ、皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
「どのみち彼奴に敵う相手なんざ俺以外に有り得ねえ。悪いが実入りの少なそうな賭には、生憎乗れない質なんでな。これからは養生しながら高みの見物と洒落込ませてもらうぜ」
「賭に乗らなかった事を後悔させるさ」
「そう願いたいねぇ」
ソルティーの売り言葉にゲルクは顎を微かに上げて、さも満足そうに頷いて見せる。
妖魔の割には人以上の感情を持ち、卑怯な手を一切使わないこの男を、ソルティーはどうも憎めなかった。
出来る事ならもう一度、気が済むまで戦いたいと心から思う。それは恐らくゲルクも同様で、だからこそわざわざ此処に居るのだろう。
「まっ、賭には乗らねえが、これが最後とは言わない。この俺を負かしてくれた奴に死に逃げされたんじゃ、面白くねえ。そうだな、言うならばこうだ、次こそは俺が勝たせて貰う」
ゲルクは握り締めた左手を真っ直ぐ前に突き出し、闇の色に染まった両目をトプンと揺らめかせた。
「次ぎも勝つのは私だ」
ゲルクの宣告に応えるべくソルティーも左手を突き出し、挑発的な笑みを浮かべた。
勝敗よりも再戦を願う。
ソルティーの返答に満足し、ゲルクは腕を下ろすと簡単に背を向けた。
「じゃぁな、気張って戦え」
「そう言えば、餌がどうとかの礼と言っていたな、あれはどういう意味だ」
ソルティーの問い掛けにもゲルクの脚は止まらず、代わりにとばかりに左腕を横に伸ばした。
「こういう事だ」
上空に向けたゲルクの掌に、ぽっと光が灯る。
それはカミオラでソルティー達を襲った、突如現れた光と同じ輝きを放っていた。
「同族殺しは不味くて楽しみがないが、手頃な餌が必要だったんでな。助かったぜ」
造り出した光を握りつぶすと、その手は後ろに向かって二度だけ振られた。
去っていくゲルクは途中一度屈んで、地面に叩き付けられ、それでも次に目立つ機会を伺っていたジャンタを拾い上げると、直ぐにまた歩き出した。
呆然と見送る四人の視界の中、ゲルクの姿は小さくなり、点になり、そして消えた。
「なんか、滅茶苦茶変な奴」
「って言うか、楽しい奴等」
「主宜しいのか、あの様な者を野放しにしてしまって」
「私に正義の味方をさせたいのか? 彼を倒す理由を求めれば、私はその前にどれだけ人を倒す事になるのだろうな?」
ゲルクはソルティーを殺す事から、与えられた役目から降りた。ソルティーの敵はあくまでも一人だけ。それに与する者達だけだ。
「ソルティーってば、結構あのおっさんの事を気に入ってるだろ」
須臾の感想にソルティーは笑うだけだった。
「さて、先に進むか」
気を取り直しソルティーが足を踏み出す。その後に恒河沙達が従う。
その中で兎を抱いてソルティーの腕に納まっていたミルナリスが、肩に顔を埋めゲルクの消えた方向に視線を投げていた。
――どっち、と彼は言ったな。
――ええ、言いましたわ。可能ならば口を割らせたい所ですが。
――それは無理だな。
――残念ですが。血肉を持たない相手では、何をした所で無意味でしょうから。
――動いているのが彼等だけなら良いのだが。
――………。
――そうか。
作品名:刻の流狼第四部 カリスアル編【完】 作家名:へぐい