刻の流狼第四部 カリスアル編【完】
見た目は普通の道端の石と同じだが、封呪石には火の刻印が成されていた。誰の目から見てもそれは火力の弱い封呪石だ。
「手品を見せるよ」
そう言ってソルティーはその封呪石を右手に握り締め、そして直ぐに開いて須臾の目の前に差し出した。
「……どんな、手品だよ」
突き付けられたのは火の刻印のある宝玉。
赤く際立った歪みの見える、何時もソルティーが使う宝玉だった。本物の手品とは違う、すり替える事も出来ない動作に、須臾は宝玉とソルティーを交互に見つめた。
前言撤回とつい言いたくなったのをグッと堪えている間に、宝玉はテーブルに置かれた。まるで何の価値もない石ころのように。
「こういう事が出来る人間だと言う事だ」
「ソルティー……」
「他にもある。話す事は簡単だ。だが、判っただろう? 人の認知や、許容範囲を超えた話だって在るんだ」
躊躇いがちに視線を逸らしたソルティーに、須臾は言葉を失ったまま彼を見つめた。
無理矢理聞き出した様で珍しく罪悪感が芽生え、どう謝ろうか考えるが、あまり気の利いた言葉は浮かんでこない。
――これは結構不意打ちかも……。
しかもソルティーの話せる範囲がこれなら、他にはいったいどれだけの信じられない話を、彼が抱いているのかが気に掛かる。
――聞けないけど。
テーブルに転がった宝玉を手に取り、まじまじと眺めてもそれが元に戻る気配はない。これまで不思議に思っていたソルティーの金の出所の謎が解けても、代わりに大きな不安が心を過ぎる。
「これって、本物なんだよね」
「質の話をするならそうだ。前にも言っただろ、私は理の力を受け付けないと。こうして酒を飲んだだけでも微量の理の力が体に蓄積され、それが過ぎれば前のようになってしまう。こうして少しずつ他へ理の力を移す事で、漸く保てる。――まあこれで、今まで金銭的に困る事がなかったのだから、欠陥だらけの体の思わぬ副産物と言えなくはないが」
忌々しいとソルティーの目は語り、口では笑う。この体の所為で助かる面を認めても尚、この体を疎ましく思っている。
須臾は総てを理解する事が出来なくても、彼の苦痛は感じる事は出来た。
言ってしまえば楽になれると判っていても、言う事で失うかも知れない躊躇いには、人は逆らえない。
猜疑心や不安を、何時も何処かで抱えていた筈のソルティーに、既に一度須臾は彼を畏怖の瞳で見た。その時の事は恒河沙の事で掠れていたが、解消された訳でもなければ、忘れ去られている訳でもない。
誰も口に出来なかっただけだ。
宝玉の中に見える歪みが、ソルティーの内心の歪みにも見える。
隠していたのではない。ただ言った後に、彼を見つめる自分達の目を恐れられていた。
――意外と好かれていたのかな。
嫌われていたり信用されていなければ、こんな風に悩んだり臆病になったりはしないだろう。
「って言う事はあれか、これってソルティーの命の欠片みたいな物なんだ。なんか、貰った宝玉が使えなくなりそう……」
その言葉に驚いて自分の方を向いたソルティーに、須臾は笑みを返す。
「いやぁ、ごめんなぁ。驚くつもりはなかったんだけど、流石にマジで驚いた。驚くなって言う方が無理あるし。……って訳で、他の話は心の準備が整ってからな」
努めて明るく本音を語るのは、悪戯に嘘で塗り固めても知れてしまうと思ったからだ。それならば思ったままの、相手を傷付けない言葉を使った方が良い。
「それにしても変な体質な奴って恒河沙だけかと思ってたけど、他にも居るんだな。捜せば他にも居るかな? あ、言っとくけど僕は特異体質じゃありませんよ。まあ、強いて言うなら、この神も羨む美貌くらいかな」
「……体質」
それが須臾流の慰めだと思うと、自然とソルティーの胸の支えも小さくなった。
相手の立場に立ってものを考えるのは、簡単そうで難しい。一歩間違えれば、それはただの同情にしかならないのに、彼の使う言葉には同情だけではない毒もある。だから素直に受け入れられる。
「あのさあ、そう言う訳だから、仕事終わったら料金は現金でお願いできる?」
「判った、換金してから渡すよ」
元は同じなのだから軽い方が良いとソルティーは思うが、気分の問題なのだろう。少なくとも『ソルティーの命の欠片』の重みを須庚なりに感じているらしく、それが何より嬉しいと感じられた。
これから少し荷物が重くなるだろうが、気持ちは軽い。
不思議な程のこそばゆさを感じながらソルティーはグラスに残っていた酒を飲み干し、新たな酒の注文を次の会話のきっかけにした。
須庚と二人で夜遅くまで飲み明かし、その後は二人揃って他から愚痴を言われ続けた翌日の朝。
それなりに敵の出現には警戒しながらも、割合暢気に村を後にした。
余程酒の席で良い事でもあったのかと恒河沙が感じる程、ソルティーは楽しげな気配に包まれていた。
ただ何を聞いても「内緒」と言われ、須庚は須庚でニヤニヤ笑いではぐらかす。
その事でハーパーは女性絡みを疑ったが、ミルナリスの様子は非情に穏やかでどうやら違うらしい。
五人それぞれに様々に思いを巡らせながら歩いていると、目と鼻の先にある国境に至る街道の途中で、ソルティー達は目の前に現れた人影に足を止めた。
「どうする?」
須臾が一応確認の為にソルティーに聞くが、先に恒河沙が答えを出した。
「無視だよ無視!」
恒河沙の意見に全員が頷くと、その人影は視界に入らない様に歩き出す。
但し、街道の道幅は大して広くはない。それに人影は道の真ん中に仁王立ちで待ち構えている。避けようにも避けられないだろう。
「おいおい、折角此処で待ってやってんのに、無視すんのかよ」
しかも此方の話はしっかりと聞こえていたらしく、残念そうに肩を落とす。
それでもソルティー達は何も聞こえなかった風に装い、平然とその可哀想な人影、ゲルクの前まで来ると空いている横を通り抜けようとした。
「おいっ! てめぇら何様のつもりやねんっ! この俺の大将が忙しいのにわざわざ出向いて来たってんで、礼ぐらい言うたらどうやねんっ!!」
ゲルクが居れば、当然の如くジャンタも居る。
何時も通りゲルクの頭の上で小さな腕を振り回して、威勢だけ良いのも順調のようだ。
そこで漸く二人に気付いた風に恒河沙が驚いた顔で須臾に顔を上げた。
「なぁ俺達何様?」
「そりゃあ、勝者御一行様でしょう」
恒河沙と須臾が世間話をする様に、ジャンタに聞こえよがしの言葉を投げつける。
「おーそうか。んじゃぁ彼奴等は、敗者と虫一匹だな」
「なぁぁぁぁぁんやてぇぇぇぇぇぇっっ!! こんくそガキっ、誰が虫やっちゅうねんっ!寝ぼけんのも大概にせな承知せぇへんでっ!!」
相変わらずの体に似合わない大声でジャンタは怒鳴り、無い袖をまくりながらゲルクの頭から飛び出そうとしたが、それを留めたのはゲルクの残っている左手だった。
「大将っ、とめんといてや。此処で引き下がったら、俺の男としての面子が立たんっ!!」
「てめぇは性別無しちゃうかったんか」
「……おお、忘れとったわ。そやそや、ほんなら、妖精としての面子や!」
「それも似非やろ」
作品名:刻の流狼第四部 カリスアル編【完】 作家名:へぐい