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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「お嬢ちゃん良かったねぇ、お父さんに買って貰えて」
「お父さんっ?!」
「〜〜〜〜〜〜」
 悪気の一切無い老人の言葉に、ソルティーもミルナリスも顔を引きつらせた。
「ダァーーハハハハハハハッ!」
「お父さんだってぇ〜〜〜」
 後ろからの馬鹿にする笑い声に振り返ると、恒河沙も須臾も腹を抱え、指まで指して笑い転げていた。流石にこれにはソルティーも腹が立って、二人の元へ近寄って一発ずつ頭を殴ってからミルナリスの元へ戻った。
 その様子を主人は眺めながら、どうやら親子ではないのだと知り、さっさと支払いの準備へと赴いていた。

 結局買い物を終えてケトカの家に戻ってから荷物を纏める際には、用意した鞄の中には入りきらない物が溢れ、返品するかどうか迷った結果、玩具はグリシーンの子供達に、他の日用雑貨はファーンに手渡された。
 その日から少しだけソルティーの食べる量が増えたのだが、誰も気付かずに勿論彼に同情を寄せる者など誰一人いない。
 序でにミルナリスの兎のぬいぐるみは“ソル”と命名され、それは恒河沙の顰蹙を買ったのは言うまでもないだろう。





 カミオラを出立する日は空に雲一つ無い快晴になった。
 早朝にも関わらずケトカの家族だけではなく、鍛冶場通りの多数が街外れまでソルティー達を見送りに出た。
 当たり前だが恒河沙が目的だ。
 日がな一日ケトカの鍛冶場だけではなく、そこら中の鍛冶場に入り浸っていた恒河沙は、阿河沙の子供という事を引いても、通り一体の職人達のお気に入りになっていた。
「また来いよ。何時来ても歓迎してやるからな」
「今度は俺に剣を造らせてくれ。ケトカの爺よりゃあましなもん造ってやっからよ」
「何だとっ!! コーガシャは俺が専属だ!」
 恒河沙は分厚い職人達の手で頭を撫でられ、ふらふらになりながらも、それに笑って耐えた。
「おっちゃん達も元気でな。いっぱい良い剣造れよな」
「あったりきだっ。お前ももっと強くなれよ」
「うんっ!」
「頑張れよぉ」
 なかなか別れる口実が生まれない状態だったが、最後にグリシーンが間に入ってからは、旅立つ者と見送る者に境界が生じた。
 ケトカは年甲斐もなく涙ぐんだ顔をくしゃくしゃにしながら、一番最後まで恒河沙から離れようとはしなかった。
 阿河沙の時は普通に見送ったが、彼は帰っては来なかった。
 その時の事が重なって辛かったのだ。
「ケトカのおっちゃん、これ、ありがとな」
 恒河沙の背中には精魂込めて磨き上げた大剣がある。
 次ぎにあの大剣を打ち直さなくてはならない時は、もう自分は生きてはいないと何処かで感じながら火を入れ直した。
「コーガシャ……強くなれよ」
「絶対なるっ!」
 恒河沙の言葉を頼もしく思いながら、何処かで大剣を使って欲しくはないと思う。
 どう転んでも、剣は人を殺す道具にしかなりはしない。それを使って強くなって欲しくはない。
 父親の二の舞だけは踏ませたくはなかった。
 だから強さを捜せとケトカは言った。
 他人から動かされる強さではなく、自分から動く為の強さを。
「んじゃぁ、またなぁっ!」
 元気に手を振りながら道を行こうとする恒河沙を、ケトカは一瞬止めようかと思った。そんな父をグリシーンは止めた。
「大丈夫だってよ親父。あのアガシャだって、俺達の知らない場所で立派に女房子供作ったんだぜ? 大丈夫、なるようになるって。また来るって」
 火入れをしてから、少し小さく感じる様になったケトカの肩を叩き、グリシーンは父の迷いを吹き飛ばそうとした。
 徐々に遠くなっていく、懸命に手を振る恒河沙を見つめる。
 身に余る剣を携えた小さき者の話が、自分達の耳に届かない事を祈りながら。





「お前って相変わらず年上うけが良いな。もうちょっと何とかなんない?」
 一頻りの別れの余韻を堪能してから、須臾の言葉は冗談交じりに恒河沙に声を掛ける。
 恒河沙は「またか」と言わんばかりの拗ねた顔をし、須庚から思いっきり視線を外した。
「いいだろ、俺、子供は嫌いだし、おっちゃん達と話してる方が楽しい」
「自分が子供だからでしょ。いい加減、年寄りばっかりじゃなくて、周りの可愛い女の子とかに目を向けたら良いのに」
「姉ちゃん見ても面白くないだろ」
 何度この会話をしたか数え切れない。須庚が女好きなのは判っていても、未だに彼が女達と何をしているのか理解できないのだから、どれだけ同じ事を聞かれても、同じ返事しか言えないのだ。
 勿論、須庚からすれば、以前は純粋に女性の良さを恒河沙にも教えたい一存であったが、最近はソルティーに関して遠回しに確認する為である。
 悪意はない。ソルティーの意思も充分に汲み取っているつもりだ。しかしあわよくば無かった事にしたいという気持ちも残っている。一番良いのは、恒河沙が無事に女の子と親しくなり、自分のようにソルティーとは友人関係を築ければ最高だと思う。
 そんな考えがつい最近出来てしまったから、須庚はいつもよりもしつこく話し掛けていった。
「お姉さんは面白くないの、目の保養なの。顔を埋めたくなる豊かな胸に、抱き締めたい引き締まった腰、思わず撫でたくなるお尻とかを見て、“ああ男で良かった”って楽しむものなの」
「邪魔なもんひっつけてるなぁ位しか思わないぞ」
 須臾の女性見学講座も効果は薄い。
 恒河沙から見れば、女性の体は動きにくそうなだけだ。反対に、どうして須臾がそんな女性を見て、心から楽しそうに出来るのかが不思議だった。
「じゃあお前ってば、何を見たら一番楽しいわけ?」
「飯と武器」
 恒河沙の即答に須臾は情けなさ半分、嬉しさ半分で息を吐いた。
――良かったぁ〜〜、ソルティーって言われなくて。
 自分がふった話題でも心臓に悪い。
 それでも恒河沙が一切女性に興味を示していない事には変わりはなく、次の台詞は落胆気味となった。
「でもさぁ、もう良い歳なんだから、もう少し女の子とかにも目を向けたら? 誰だってそうだよ?」
 諦め気分で諭してみると、意外にも恒河沙が驚いた顔をして須臾を見上げる。
「誰でも? ほんとに誰でも?」
「そりゃあ男の子なら、こうさあ、ぐぐっと何かがこみ上げてくる衝動って言うの? そう言うのが下半身に溢れてくるの……。そうだっ! ソルティーにも聞いてみたら良いよっ! うん、そうしよう、そうしなよ!」
 前を歩くソルティーに視線を向けると、此方の話が聞こえているらしく、少しだけ足取りが速くなった様に見えた。
――逃がすかってぇの。
「なぁソルティーッ、お姉さんの体の何処が一番好き?どこにぐぐっとくる?」
 大声で須臾が叫ぶとハーパーが露骨に嫌そうな顔で振り向き、ミルナリスは物凄い形相でソルティーを見つめた。
「………」
 答えを待つ視線を受けながらソルティーは聞こえないふりを貫き、更に足取りを速め、須臾が逃がすつもりはないと駆け足で彼の隣まで追い詰める。
――どうして私にふるんだ!
――言わないとミルナリスの事ばらすぞぉ。
 目配せだけの会話の果てに勝ち誇った笑みを須臾が浮かべ、その隣ではがっくりと肩を落とす敗者の姿があった。
「……足首」