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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「簡単だよ。何処の地域にどの作物が多く実るのか、どの地域に不足しているのか、そう言った統計を調べて、どうすれば全体に多くの実りが行き渡るのかを考えるんだ。そうする事で、国家間の通商も円滑に進められる。相手の欲しい物を与え、此方の欲しい物を要求するのが、一番安全な取引だ」
 本当に簡単そうにソルティーは口にするが、それが如何に国にとっては重要か須臾にでも判る。国を運営する事がどれ程大変で、時間が掛かるのか、知ろうとしなければ決して理解出来なかった。
「王様って、もっと簡単に成れると思ってた。あっと、怒らないでよ?それが僕達庶民には普通の考えなの。親が王様なら、勝手にそれが付いて来るって」
 椅子を揺り動かし、失礼とは思いながらも素直に言う。
 王という肩書きに備わる何不自由ない暮らしを、ずっと須臾は思い描いていた。
 そんな須臾の言葉を、ソルティーは首を振りながら否定した。
「須臾、王に息子が一人しか生まれない訳じゃない。私には腹違いの兄が居て、私から見ても完璧な兄だったよ。なのに私が後継者となった。それがどういう事か判るだろう?」
「う…まぁ……」
 以前ハーパーに聞かされ、ソルティーに兄弟が居た事は知っていたが、単純に弟だと思っていた。長兄だから当たり前だと。
 そんな軽々しさに、ソルティーは厳しい表情で応えた。
「権力争い程、馬鹿馬鹿しい事はない。それも、当事者にその意思が無くとも、周りはそれに自分から加わる」
「………」
「結局その時にならないと、私が学んだ事の総てが無駄だと気が付かない。あの場所に居ると、誰の顔も見えなくなるんだ。何を考えているのか、何を必要としているのか、全く判らなくなる」
 天井を見上げるソルティーの目には、須臾のまだ知らない苦悩が浮かんでいた。
 子供の頃から人の醜さの中で暮らす事が、思い描いていた何不自由の無い代償だと思うと、安易に考えていた自分が愚かに思える。
――顔が見えない、か。誰かを憎む事も出来なかったんだろうな。
 無意識に自分と比べ、怒りをぶつけられる者の有無がどれだけ違うかを感じる。
 誰かを幸せにする事と、誰をも平等に幸せにしなければならない事は、あまりにも違いすぎる。それを考え続ける事の無謀さを、ソルティーは子供の頃から普通に強いられ、疑問にも思わなかった。
 だから今になって、たった一人を幸せにする事を学ばなければならなかった。
「僕は、あんたが造った国って見てみたいな」
 須庚は背もたれに顎を乗せながら顔はソルティーの方へと向けてはいても、視線は照れ臭さからか床を見つめての台詞だった。
「多分、今のあんたなら、僕達の暮らしやすい国を造れると思う。今のあんたなら、ちゃんと一人一人の顔が見えるよ」
「須臾……」
「言っとくけど、同情とかは言わないよ。がらじゃないし」
 目を伏せて、恥ずかしそうにしながら語る須臾に、ソルティーは小さく「ありがとう」とだけ言った。
 言われた方は恥ずかしさのあまり、顔まで横に向けてしまったが。
 それでも須庚は、いつもなら皮肉か冗談に変えてしまう自分を振り払い、今言わなくてはならない言葉を続けた。
「なぁソルティー」
「ん?」
「僕が言うのも烏滸がましい話だけど、無駄な事って無いと思う。確かに役に立たない事は多かったかも知れないけど、それが役に立たない事だって知らなければ、そう思わないだろ? それを知っただけでも無駄じゃないと思う」
「………」
「理想論だけどね。だけど、それでもさ、それを知らなかったら、今のソルティーは違っていただろ? だったら、無駄な物は何もないんじゃないかな?」
 自分で柄にもない事を言っていると思いながら、それでも必死に今を造ろうとしている彼に、何か言葉を与えたくなった。
 須臾自身は努力なんて言葉は誰よりも嫌いだが、目の前で努力している彼を応援とまでは行かないものの、認める位は出来る。そしてソルティーはそれをずっと誰かに与えられたかった。
「そうか……そんな風に考えた事がなかった。矢張り須臾は頭が良いな」
 頼もしそうに須臾に視線を向け、嬉しい気持ちを笑顔に変えた。
――時々、子供みたいな顔をするよな。大人なんだか、そうじゃないんだか……。
 須臾から見るとソルティーは、大人の部分と、子供の部分が混ざり合っていない風に見える。見掛けによらず喜怒哀楽が激しくて、直ぐに顔に出るのは子供の証拠だ。
 子供と大人の顔が極端に離れ、しかも彼の子供の部分が未成熟で、時折放っておけない気分にさせる。
――多分こっちの方がソルティーなんだろうな。
 嬉しそうなソルティーの顔を見ながら、彼の無理矢理背負わされた過去が可哀想にもなった。
 嫌いだったのは大人をひけらかす所だった。気に入っていたのは、何にでも真剣に答えを出そうとする所だった。
――うーん、一寸だけ、頭撫で撫でしてあげたい気分……。
「……何か付いてるか?」
 まじまじと顔を見られて狼狽えるソルティーに須臾は肩を落とした。
「何でもないよ」
 態とらしい溜息を吐き出し、気味の悪い思い付きも気持ちから捨てた。
 その代わり、
「あのさぁ、頭の良い僕から、一つ提案があるんだけど」
「提案?」
 須臾は不思議そうな顔をするソルティーに、右手を差し出した。
「僕が友達になってあげましょう」
「え……」
「何? 僕じゃ不服か? お買い得だよぉ、今ならタダだしぃ」
「…………」
 てっきり直ぐに反応を示すと思っていたが、須臾の右手を前にしてソルティーは微動すらなかった。じっと須臾の顔を凝視して、時間だけが経過していく。
 その内痺れを切らして、須臾が右手を更に前に突き出すも、ソルティーに変化はない。
「あのさぁ、別になって欲しくなかったらそれで……っておい…?」
 無表情に固まったままのソルティーの目から、静かに涙が零れ落ちたのを見て、今度は須臾が固まった。
「なっ……泣くなっ!!」
「えっ? ……あ…」
 考えてもいなかった事に慌てた須臾の大声に、やっとソルティーが気が付き、無意識に自分の流した涙を指で拭って呆然とする。
「あれ? …おかしいな、須臾、止まらない」
「………おいおい」
 拭っても拭っても止まらない涙に苦しさは無かった。
 袖口で何度も目を擦っても、シャツが濡れるだけで止まりそうにない涙に、徐々にソルティーの顔が俯いていく。
「どうして止まらないんだ……」
 泣き顔を見られている恥ずかしさよりも、どうして自分が泣かなくてはならないのかが理解出来ない。
――早く止めないと、呆れられる。
 折角須臾が手を差し出してくれたのに、気が動転するし、醜態まで見せてしまった。
 なんとか止めようと、思いっきり目を瞑ったが、止まる気配すら無い。気ばかりが焦って、本当に泣きたい気分にまで陥った。
 そうこうしている内に、耳に須臾の溜息が聞こえ、絶望的な気持ちまで加算され、更に頭が下に下がった。
 その頭に須臾が、呆れた顔で差し出していた右手を乗せた。
「あのさぁ、僕は男の泣き顔なんて見たくないんだけど?」
「……ごめん」
「はあ、謝らなくて良いけど。そんなに嬉しかった訳?」
 下がったままのソルティーの頭が更に下がる。