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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 償う術も持たず、ただ己の欲求のみの気持ちは悪しきものかも知れない。
 それを知り、尚かつそんな自分を蔑む気持ちまであるというのに、恒河沙の両手をシーツから出し自分の手を添えた。
「私の所に戻っておいで」
 指を絡ませきつく握り締める。
 閉じたままの恒河沙の唇に口付けをしながら、心と同じ様に惹き付けられる力の流れを解放した。
 キーンと左耳に備えた五つの飾りが、細かな振動を起こしながら小さな音を出す。
「――ッ」
 今までに感じた事の無い感覚が繋いだ手から走り出したのは、その直後だった。
 気を抜けば意識すら吸い込まれそうな奔流に体が悲鳴を上げる。左耳の共鳴が更に激しくなり、いつの間にか触れていた唇は遠く、自然と苦痛から皺が眉間に走る。
 無尽蔵に広がった口に流れ込む力の流れは、それだけ恒河沙の元来持っていた器の大きさを物語っていた。
「クッ…ッ!」
 繋いでいる手が意思とは逆に震えだし、ソルティーは弾かれた様にその手を放した。
「…ハァ……ハァ……ハァ…」
 恒河沙の両肩の上に手をつき、荒くなった呼吸を吐き出す。
――どういう事だ、どうしてこんなにまで……。
 霞む目を恒河沙に向け、想像を絶した彼の存在意義に疑問を投げ掛けた。
「恒河沙……一体……」
 底の見えなかった器の大きさは、そのまま持つべき力の大きさ。《命》と《力》を携える筈の自分よりも遙かに上回るそれに、言葉は自然と失われていった。
 もしこの器に力が満たされるなら、その時はこの世界に新しい存在が生じるかも知れない。それがミルナリスの主の姿であるのか、それとも全く別の何かなのか。ソルティーには想像も出来ないまま僅かな時間が過ぎ、不意に彼の意識を現実に戻したのは聞き慣れた小さな声だった。
「……う…う〜ん」
 小さな声が急に恒河沙から発せられた。
 ソルティーの真下で、微かな身じろぎが行われ、右手が緩慢な動作で顔に届く。
「恒河沙……」
 囁く様に名前を呼ぶと、ゆっくりと瞼が上がる。
「…ん……ソ……ティ? おは……ふぇ? …えっ? えっ?!」
 目を開けた途端間近にあったソルティーの顔に、目を見開き驚く。序でに覆い被さられている体勢に、更に思考が空回りした。
 恒河沙からすれば正しく寝込みを襲われてる形であり、何が何だかさっぱり判らない状態に、一気に首から耳まで真っ赤になってしまった。
 逃げたいなんて気持ちはさらさらないが、身動き出来ない様な体勢に、起きたばっかりの心臓が高速回転する。
「ソル…ティ……?」
 上擦った声にしかならなかったけど、なんとかそれだけ言葉にすると、優しい笑みで返された。
「お帰り」
「へ?」
 何の事だかやっぱりさっぱり判らないのに、それを聞こうと頭に浮かんだ時には何も言えない状態になっていた。
――嬉しいけど……どうなってんだよ……?
 極至近距離のソルティーを見つめて色々考えたが、こんな状態で恒河沙の思考が昨夜の事を思い出せる筈も無いだろう。
 潔く疑問を浮かべるのを止めて、折角開いた目をまた瞑った。
 傍に居てくれるのがただ嬉しくて、ソルティーの本心に気付く余裕すら無いままに、ただ唇の温もりだけを感じ続けた。


episode.30 fin