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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 神聖な剣の製造者が、自分達の造った武器で命を奪う事は許されない。それでもなんとか禁を破るギリギリの所で踏ん張ってはいたものの、鉱石の採掘に出ている時に街を襲われれば手も足もでない。
 だから阿河沙に頼ってしまった。
 彼もケトカ達に報いたいと思ったのかも知れない。
 阿河沙が鍛冶よりも、剣士としての才能に恵まれていた事は事実だとしても、彼を人の思惑の中に放り込んでしまった負い目が、今でもケトカ達の中にある。
「彼奴がこの街に居たのは、五年位だ。親父とも止めたんだが、俺達が幾ら喚いた所で、彼奴は後に引けない所まで登り詰めていた」
 阿河沙がこの街を去ってから五年間は、何度かこの鍛冶場に剣を直しには現れたらしいが、その後は音沙汰もなくなった。
 彼がこの大陸から消えた後、残された功績に多くの噂が付け足されて、誰もが知る英雄伝にまで膨れ上がった。
 本当の彼の顔を知る者達にとっては、その事実は余りにも滑稽で、いつまでも自分達の不甲斐なさを思い出させる話になってしまった。
「この街の奴等が出来る事は、早くアガシャの名前を消す事だ。噂や妄想で大きくされたアガシャと言う虚像を、ぶっ壊す事だ。彼奴は生身の男で、富も栄光も関係のない場所に行きたがっていたんだ」
 だからカミオラ総てを使って、浮ついた馬鹿の熱を冷ますつもりなのだと、ケトカは最後に纏めた。やっている事は兎も角、彼等なりに真剣な計画だし、そこそこ効果も出始めている。
 英雄ともてはやされていた者も、所詮はただの人でしかなかったのだと。
 眠りもするし、糞もする。失敗もしただろうし、間違いを犯す事もある。それを全部ひっくるめてこの街に晒す事で、彼がただ強いだけの男だった事実を現す。膨れ上がった妄想に努力もせず、肖ろうとする者には落胆する現実になった。
 ケトカ達がその計画に協力しないのは、余りにも阿河沙に近しい存在だったからだ。
 須臾はこの話しに、自分の知っている阿河沙と、彼等の知る阿河沙に変わりがない無いのにほっとした。
「ねえ、此処では阿河沙ってどんな人だった?」
 ただもう少し人格の符合性をはっきりさせて置きたいと思う。
 そんな須臾の言葉にケトカは首を捻り、グリシーンは苦笑いを浮かべる。
「……ん〜〜〜〜、一言では言い表しにくい男だったな。良い奴には違いないんだが、兎に角変な奴だった」
「変……」
 誉めていた割には蹴落とす様な評価に、思わず恒河沙を須臾は見た。
「記憶がない所為も多少は有るかも知れないが、何にでも好奇心を持つんだ。なら聞けば良いのに、じーーーーーっとそれを見続ける。何も言わずに、ただ黙ってじーーーーーーっとな。それが何か物ならまだ良いが、人なんかだと、つけ回すんだよ。黙って何時間でも平気で……。親父とお袋が何度自警に謝りに行った事か……」
 ケトカの言葉に須臾は更に恒河沙を凝視し、口元が引きつる。
――似てるかも……変な所だけは……。
 須臾の嫌な視線に気付いた恒河沙がじとっと睨むが、効果は薄かった。
「後は、俺達の仕事柄から言わせて貰えば、鍛冶屋泣かせだったな。な、親父」
 グリシーンの皮肉を交えた言葉にケトカや、周りの年輩者達は揃って深く頷いた。
「そうだ、彼奴ほど剣を選ぶ奴も居なかった。……いや、剣が彼奴を受け入れられなかったのが正しいか…」
「剣が受け入れる?」
 ケトカの言葉に興味を引かれたのか、此処に来て初めて恒河沙が身を乗り出して質問した。
「ああ、受け入れると言うか、追い付かなかったと言うか、兎に角彼奴が一年で駄目にした剣は数え切れなかった。少しでも出来が悪いと、たった一振りで剣を破壊しやがった」
「へぇ〜〜」
「でな、親父が意地になって彼奴の為に造ったのが、あの大剣だ。まあ試作品見たいな物で、あんな鉄板見たいになってはいるが、今でも親父の最高傑作はあの剣だ」
「試作品って、他にも造ったのか?」
「ああ。もう二振り造ったが、アガシャに渡せたのは、それともう一振りだけだ」
「残りは?」
 目を輝かせる恒河沙に、ケトカはゆっくりと首を振りながら、目を瞑って言葉を紡ぎ出す。
「見せてやりたいのはやまやまだが、親父と一緒に墓の下だ。鍛冶屋なんて言うのは因果な仕事だ。最高の剣を一振り造るだけで、寿命が十年縮む。縮むのが判っていても、今よりももっと良い奴を造りたい。親父が残した三振りの最高の剣は、親父の残りの寿命を全部持っていった」
 本来なら阿河沙に渡す剣をケトカの父親の墓に入れたのは、他ならぬ阿河沙自身。
 阿河沙が立ち寄った際に造った剣が最後の一振りになり、その剣を亡骸と共に葬った。彼に使われる為に造られた物だと誰もが思ったが、ケトカも彼の母親も、誰も阿河沙を責めはしなかった。
 阿河沙はその時何も言わなかったが、彼なりの感謝の仕方だったのだろう。
 亡くなったのは、仕事柄仕方のなかった事だ。男達は何時かは自分もこういう死に方をしたいと思い、女達は何時かはこうなるだろうと決意していた事だった。
 それだけの素晴らしい剣を打ち終わって、心地よい疲れを癒やすようにそのまま永遠の眠りに就いたケトカの父親の顔は、誰に恥じる事のない顔だった。
「コーガシャの手元にもう一振りが無いのなら、アガシャに一振りその息子に一振り、そして親父に一振り。……多分親父は喜んでいるに違いねぇな」
「うん……」
 胸を張って語られて、恒河沙は取り敢えずはその言葉に頷いたが、だんだん阿河沙という人物が判らなくなっていった。
 ケトカ達の語る阿河沙と、自分の想像していたソルティーの敵が重ならない。
 多分、もし自分が阿河沙だとしたら同じ事をするだろう。そう思うから、それが悪には繋がらなかった。
――でも、敵なんだよな……。
 今更善悪の判断をするつもりはない。恒河沙にはソルティーが正義だ。なのにどこか変だと、心がそう訴える。
「なあ…俺、阿河沙に似てる?」
「顔は全く似てねぇな」
「ああ、全然似てない。彼奴の顔は男でも見惚れる位のいい男だった」
 別に容姿の事を聞いたのではないのだが、周りからもうんうんと唱和された。
 流石に恒河沙も打ちひしがれ、直ぐに須臾が言葉を繋ぐ。
「恒河沙は超美人で可愛いお母さん似で良いの。このままの顔で居て良いから、つーか変わるなぁ〜〜」
 言い聞かせる様に恒河沙の頭を撫で、大幅な欲目で周りから白い目を集めても気にしない。
 須臾は自分の顔同様に、恒河沙の顔にも自信が有り余るほど有る。但し、顔の三分の一を眼帯で隠している所為で、誰もその事に気付いていないと思っていた。
 一種異様な須臾の行動に唖然としていたケトカが、なんとかこの状況に慣れて口を開くまで暫く時間が掛かった。
「まあ……なんだな、顔は似てないが、目は似ている。って言ってもその色じゃない、その奥の何かが同じだ。俺達が忘れた何かを持っている、そんな気にさせる目だ。コーガシャを見て判ったが、あれは子供の眼だったんだろうな」
 真っ直ぐに恒河沙を見つめるケトカは、彼の瞳の奥に懐かしい阿河沙を見つめている様に見えた。
 それだけ彼等にとっての阿河沙は、家族同然の男だったのだろう。