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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「ああ、血の繋がりはなくとも家族だ。此奴等は俺の弟子だからな、此処で寝食共に暮らしているんだ」
「そうだ、女共を呼ばねぇとな」
 恒河沙達を一番広い部屋に案内した後グリシーンが大声を出し、少ししてから老若取り混ぜての女性達が現れた。
 彼女達が此処に居られるのは、あくまでも彼等の一部である事が理由である。娘達は嫁いだ時点で他人になると、ケトカは言い切った。
 その容姿の整った七人には須臾は酷く落ち込んだ。
 特にグリシーンの奥さんは、どうしても夫婦には思えない位の美人。
――どこで騙されたんだ? 襲われたのか?!
 グリシーンもケトカも獅子科の獣族特有の猛々しく獰猛そうな顔をして、鍛冶場に居なければ犯罪者と間違われても仕方がない雰囲気の男だ。
 線の細い美女達は、微笑みを見せてそれぞれの夫の隣に寄り添い、その子供は父親に甘える様にしている。
 なんとなく不公平だと一人打ち拉がれている須庚を余所に、
「あんたがアガシャの息子かい?」
 と、女性の中でも一番高齢の女性が恒河沙に近付き、手に持った濡れたタオルで彼の頬を撫でる様に煤を拭う。
「わかんない」
「判らない?」
「うん。俺、須臾の話だと、阿河沙が居なくなった後に産まれたらしいから、見たこと無いからわかんない」
「居なくなった? それじゃあ、あんたのお母さんは?」
「死んだらしいけど、俺、やっぱり覚えてないから、それもわかんない。俺より須臾の方が詳しいから、須臾に聞いてくれ」
 聞かれる事が苦手な恒河沙は後ろに控えて居る須臾を指差し、さっさと興味のない話からおさらばしようとする。
 女性は彼の言葉に従って須臾に顔を一度だけ向けるが、直ぐに煤を拭う事だけに集中し、その後の話は男達に任せた。
「なんだ、てっきりアガシャが一緒だとばかり思っていたんだが……。まあ、詳しい事は座って話そう」
 微かな落胆を口にし、床に円を描く様に阿河沙を知る者達を座らせる。丁度ケトカの前に恒河沙が来る様に座り、彼を挟んで須臾とソルティーも腰を下ろす。
 その時恒河沙が座るのには邪魔な大剣を外し、抱く様に抱えるのを見て、ケトカとグリシーンが立ち上がった。
「済まないが、それを見せてくれないか」
 円の中心まで来て、恒河沙に両手を差し出す。
「これ? いいけど…」
――持てるのかな?
 そう思っても言う前には渡していたが、ケトカはそれを普通の重みで持った。
「そうだこれだ。お袋見てくれ、親父が造った剣だ」
 恭しく大剣を掲げ、それを恒河沙の頬を綺麗にした女性に見せた。
「確かにそうみたいだね。あの人の無骨な感じが出ているよ」
「おい、アガシャの息子」
「恒河沙だ!」
「すまねぇ、コーガシャ。これは俺の親父が一番最初にアガシャに持たせた剣なんだ。良く持ってきてくれた。これが何よりの、アガシャの息子の証拠だ」
「ふ〜〜〜ん」
「ふ〜〜んって……。もう少し位感動しても良いだろうよ」
 ぞんざいな恒河沙の態度にケトカだけではなく、鍛冶場関係者全員が肩を落とした。
 恒河沙には誰が剣を造ったかよりも、今まで誰もその剣を持った者が居なかったのに、いとも軽々と持ち上げられた事の方が気に掛かる。
――そう言えば、まだソルティーに持ってもらった事、無かったよな。持てるのかな?
 そんな気持ちを視線にしてソルティーに送ると、苦笑を交えた顔で返された。
 ケトカが持てる剣をソルティーが持てない筈がない、と顔に書いてあるのだが、その自信はソルティーには無い。
 造り手と所有者だから持つ事が許される。ソルティーの剣も、彼以外の者には力を発揮する事はない。
 それが契約と言うものだ。
「まあしかし、良くこれだけ使い込んだものだな。なあコーガシャ、これ預からせてもらっても構わないか。火を入れ直したい」
「う〜〜〜ん……」
「金はいらん。親父が心血注ぎ込んで鍛えた剣を、俺がもう一度鍛えたいんだ」
 真剣な眼差しで頭を下げるケトカに、恒河沙は悩んだ末に頷いた。
 男の必死の頼みを断るのは気が引ける。それに例え断っても、自分が首を縦に振るまでつきまといそうな雰囲気もあった。
 恒河沙の承諾を恐い笑顔で喜ぶと、ケトカは早速弟子の一人に剣を手渡し、漸く静かに腰を下ろした。
「さてと、すっかり忘れていたが、アガシャの話を聞きたいんだって? アガシャが居なくなったって言ってたが、捜しているのか?」
 女性達がいつの間にか用意していた酒を酌みながらのケトカの言葉には、須臾が話を受けた。
「別に捜していた訳じゃないんだ。僕達はシスルから来たんだけど、阿河沙がこっちの人間だと知らなかったし、彼の事を聞いたのもつい最近だったんだ。此処に立ち寄ったのも本当に偶然だった。僕達が知っている阿河沙は、こいつの父親だと言う事だけ、他は全く知らないから、少しでも話が聞けるなら聞きたくて」
「そうか……とは言っても、アガシャの事ねぇ……」
 グリシーンが意味深な笑みを浮かべて、周りを見渡す。
 そして、彼の言葉の後をケトカが継いだ。
「彼奴なぁ、記憶喪失だったんだよなぁ」
「はぁ?」
「クハンに鉱石掘りに行った帰りに、倒れてた彼奴を拾ったんだよ。目を覚ましたアガシャが覚えていたのは、なんにも無かった。名前も歳も、住んでいた所も、なんにも覚えていなかった。彼奴の名前だって親父が付けたんだ」
「何でも、若い頃に惚れた女の名前だとか。私は止せと言ったんだけどね、どうしてもって。ほんと無駄に頑固者だったんだから」
「お袋……まだ根に持ってんのかよ……」
「いいえ、別に」
 そっぽを向いた母親にケトカは頭を掻いた。
 そんな二人を周りは笑ったが、恒河沙達はそれを笑えなかった。親が親なら子も子だとは笑い飛ばせない状況だ。
 須臾は恒河沙の方に視線を送り、この事を偶然と受け取っても良いのかどうかに心を彷徨わせた。
「まあそんでよ、別に体に怪我していた訳でもないから、此処で暫くの間働かせていたんだが、その内剣を造るよりも使う方に腕を発揮してな、自警団に預けたんだ。それからは活躍に継ぐ活躍だ。一人でこの街を荒らし回っていた盗賊団を壊滅してしまうわ、領地争いの戦では半数を倒すわで、引く手数多の傭兵になった」
「結局、その間に記憶らしい記憶は、戻らなかったみたいだけどな」
「そんな物が無くても、彼奴は強かった。別に戦いたかった訳でもなかった様だが」
 ケトカは今でも数多く人の口に語り継がれる勇者の意外な一面を、微かな後悔を交えながら口にする。
 その彼の後ろに居た母親も、同じ様な瞳で小さく頷いていた。
「戦いたくなかった?」
「ああ、心底嫌っていた。“剣を持つのが恐い”ってのが、あいつの口癖みたいなもんだったしな。しかしぶっきらぼうの割には優しい奴だったから、困っている奴を放っては置けなかったんだろ。この街は当時それ程力のあった街じゃなかったから、彼奴一人に任せてしまった。それが結局彼奴を勇者だなんだと持て囃すきっかけになって、彼奴は剣を手放せなくなった。今にして思えば、俺達の責任だ」
 この街に男は数多く居たが、その殆どが鍛冶屋かその関係者だった。