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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 額に汗を滴らせる職人の手が、弾け飛ぶ火の粉を物ともせずに鍵状の棒で炉の中をかき回す。
 離れている筈が、引き込まれる迫力に恐怖とも感動とも表せそうな何かに包まれ、四人はただそれだけを時間が過ぎるのも忘れて見ていた。
「流せっ!」
 溶鉄が流れ着いた場所では別の、中央で指示をしている男よりも年を重ねた男が他の職人に指示を出し、一段低い場所で溶鉄を長細い容器に流していた。
 総ての作業が終わるまで数刻掛かったが、誰も退屈はしなかった。
 そして職人総てが中央の炉の前に集まると、容器への指示を出していた男が職人を従えて炉の前に立ち、深々と感謝の礼をし、全員がそれに従った。
「母なる大地の神グリューメよ、偉大なる火の神ツァラトストゥラよ、猛き息吹の神サティロスよ、右手に槌と左手に鋼を持つ我等の願いをこの度もお聞き届け戴き、有り難う御座います。今より暫くは安息の時を経て、再び我等の礎にならん事を願い、炉の休息を執り行わさせていただきます」
 そうして一番前の男が槌で三度ゆっくりと炉を叩き、もう一度礼をする。
「有り難う御座いましたっ!」
 儀式を終えた男達が一斉に感謝を告げ、頭を上げた。
「野郎共、壊せっ!」
「へいっ!!」
 掛け声と共に職人達は手に手に大きな槌を携え、まだ熱の籠もる炉を打ち壊していく。
「勿体ねぇ〜〜」
 まだ綺麗な炉を見つめて恒河沙が呟く。
 炉にも幾つか種類がある。何度も繰り返し使う物や、一度だけの物。彼等の壊し方を見る限りでは、無秩序に壊しているのではなく、使える部分はちゃんと残し、次にはそれを土台として使うやり方なのだろう。
 しかし漸く話を聞いて貰える段階まで来たと思い、ソルティーが一歩中に足を踏み入れた途端、
「誰だ貴様等はっ、勝手に俺達の聖域に入ってくるなっ!」
 炉の指示を出していた男が振り返りながら四人を見据える。
「しかもなんだ、此処は女子供の来る場所じゃねぇ」
「女?!」
「子供!!」
 自分達に向けられた頭ごなしの言葉に、恒河沙もミルナリスも顔付きが険しくなる。それをなんとか下がらせて、須臾が代わりに話しに加わろうとしたが、どうも聞く耳持たなそうな男の態度に、何も言わずにソルティーに任せる事にした。
「私達はファクトート宿のディンクに教えられて、グリシーンと言う人に話を聞きに来た」
「ディンクは俺の馬鹿息子だ。そんでもって俺がグリシーンだが、あの馬鹿とは当の昔に縁は切った。彼奴の口利きならお断りだ」
 しっしっと片手で四人を追い立てる様な仕種をして、グリシーンはまた炉の方へ向かおうとした。
「阿河沙という人物の話が聞きたい」
「アガシャ? それなら尚の事だ。俺は観光客相手に話す事なんかねぇ。あの馬鹿にもそう言って置け」
「……仕方がないか、恒河沙おいで」
 後ろにむくれて立つ恒河沙を自分の前まで導き、もう一度グリシーンに話し掛ける。
「この子を見てくれないか。それでも駄目なら引き下がるが」
「俺は子供を見る趣味は……お…おおーーー?!」
 自分を睨む恒河沙と一度目を合わせたグリシーンは、驚きの言葉と共に走り寄り、恒河沙の顔をがっちりと両手で抱え込んだ。
「おおおおおおお 、お、親父っ! 親父来てくれっ!!」
 炉の横で、尚も作業を続ける男に向かって叫ぶ。
 しかしなかなか来ない男に苛ついて、グリシーンは一端男の所まで走り寄って、その腕を掴むと急いで戻ってきた。
「見てくれっ、こいつの目! アガシャだよ、アガシャと一緒だ!」
「おおおおーーー、おんなじだ」
 流石は親子だと感じるほど、同じ反応で恒河沙をまじまじと見つめ、二人揃って顔を寄せる。しかもその手は煤で黒々と汚れていた。
「だあああああっ、止めろ、気色わりいっ!!」
 間近に迫り来る、熱気と汗でむさ苦しい二人の男の顔を、両手でなんとか押しのけようと藻掻くが、鍛冶屋の男の力の方が数倍上だった。
 暴れた為に余計に恒河沙の頬が黒く塗られるが、冷めない興奮から全く二人は気にしていない。
「坊主、お前名前は、アガシャとどういう知り合いだ、まさか、アガシャの子供か?」
「そうだ、そうに違いない。この朱にこの蒼は間違いなくアガシャの血だ」
「だあああああああああああっっ、気持ち悪いいいいいいいいいいっっ!!!」
 よってたかって、でかい手でちっこい顔を弄くられて、爆発寸前の恒河沙を見かねて須臾とソルティーの手が入りなんとか二人を引き離した。
「おーい、教えてくれよぉ、坊主はアガシャの子供なのかぁ?」
 尚も恒河沙に手を添えようとしながら、グリシーンは訴える様に周りを見渡し、最後に矢張り煤で汚れた恒河沙に目を落とす。
「そうだよ。名前は恒河沙、阿河沙の一人息子だよ」
 すっかり拗ねてしまった恒河沙に代わって須臾が言うと、グリシーンは感極まって喉が詰まり、もう一人は涙を流し始めた。
「良かった…良かったぁ…あのアガシャが子供だってよ、親父良かったなぁ〜」
「おおよ、今日は何て良い日なんだ。鉄は上手く出来上がるし、アガシャの息子とは会えるし。こんな良い日は他にねぇ」
 目に腕を当て噎び泣く二人を前に、ソルティーと須臾は互いに目を見合わせ、肩の力を同時に抜く。
 恒河沙はどういう反応をして良いのか迷い、ミルナリスは二人の汗臭さに眉間を寄せた。

 二人の男が一通り泣き終える頃には、鍛冶場通りの男達に何重にも取り囲まれていた。
 誰も彼もが阿河沙の名を口にし、それぞれの思いで彼の息子を見つめ、語りかける。
 今まで恒河沙が嫌っていた異質な瞳が、此処では尊敬と称賛の対象となり、それが彼には信じられないけど、嬉しい感動をもたらした。
 恒河沙の記憶には無い、しかも敵かも知れない男の残した功績だが、少なくとも此処では彼の瞳は当たり前に存在しても良い物なのだ。

 グリシーンの懇願に近い招きで、彼の家に案内されたものの、そこも結局は鍛冶場の中で、ミルナリスだけが其処に入る事を拒まれた。
「剣は男の命だ。その男の命を造る場所に、他の命を造り出す女を入れる訳にはいかねぇ」
 それが彼等の言い分であり、違えられない掟だった。
 普段なら「愚にも付かない」と吐き捨てそうなミルナリスだが、珍しく彼女は快諾して須庚と恒河沙を驚かせたが、大人しく一人除け者になる筈がない。
 誰も見ていない場所でスッと姿を消し、ソルティーだけがその気配を感じた。
――聞くのは良いが、その後で余計な事は口にしないだろうな?
――そんなに信用が在りませんか?
 ソルティーが胸の内で呟いた言葉に返された言葉は、音の無い言葉だった。
「さあお客人、狭い家だがくつろいでくれ」
 そう言ったのは、この家と鍛冶場の主であるケトカだった。
 グリシーンの父親でありディンクの祖父だが、息子共々婚期が早い為か、まだ五十を過ぎた辺りの働き盛りだ。
 家は鍛冶場通りの中で一番の鍛冶屋でもあって、それなりに大きな家だった。
 とは言え住んでいる者達の殆どが体格も良く、家族弟子が入り交じった大所帯なのだから、幾ら部屋が在っても足りない位だ。
「これ全員家族?」
 恒河沙は周りを見渡し、自分を楽しそうに見つめる二十人以上の男達に、疑問を投げ掛ける。