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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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episode.―――



 場所はエルクモ。
 突如現れた北西の広大な領地を巡っての戦は、四年掛かって漸く一つ目の山場をを向かえようとしていた。しかしまだ戦は続き、終わる頃にはリグスハバリの地図は、また大きな変遷を迎えるだろう。
 村の名前はオル。
 領地の拡大を計る国王のふれは、この村の男達をも戦へと連れ去ってしまった。
 当然の事ながら、男手の少ない村は狙われやすい。女子供と年寄りの村を護るには、誰かを雇わなければならなかった。国の兵は無理に決まっている。傭兵も戦に行ってしまった。自警団を組織してはいるが、集まるのは怪我人と、戦いには向かない者達だけだ。
 それにオルには、戦に向かう傭兵を引き留めるだけの、金は用意出来なかった。働き手の居ない村では、それは仕方ないと諦めだした頃、一人の傭兵が仕事を引き受けてくれた。
 しかも報酬は、毎日の食事と寝る場所だけだと言う。
 そんなうまい話は無い、と当初は疑っていたが、この傭兵、恐ろしい程に腕が立つ。見た目は十五歳位だが、本人は二十二歳だと言い切った。これも疑わしいのは、彼が本当に子供みたいに小さいからだ。あと一つ、目にも病気があるらしい。視力は悪くないが、初めて見る時には、少々ビックリしてしまうような眼をしていた。
 その内、「こんな広い世の中だ、そう言う奴も居るだろう」と、誰かが言い出したら、もう誰もその事に触れなくなった。抑もやはり一番大事なのは、破格の安さと、強さだけなのである。
 そんな傭兵を雇ってから半年ほど経過した。
 彼は結構人が良い。喧嘩っ早いのは玉に瑕だが、関係の無い村の畑仕事も手伝ってくれる。誰に対しても、屈託無く接してくる。それは単に、警戒心がない子供の様で、それがこの村の女性の人気を独り占めしていた。
「おばちゃん! お腹空いたっ!」
 彼の食事は村の全員が持ち回りで受け持っていた。
「用意出来てるよ」
 まるで自分の家の様に、元気に扉を開けて入ってくる彼に、嫌な感じはどこにもない。それどころか、持ち回りの日が楽しみで仕方がないほどである。
 どんな料理でも、本当に美味しそうに食べてくれた。あまり食材が豊かではない村の女達は、彼が来てから確実に料理の腕が上がった。もの凄い効果だ。
「今日はこれから誰の所に行くの?」
「うん? えっとな、マイセルのお婆ちゃんのとこと、トーラの畑。二つとも、今日が刈り入れの最後だから、ちょっと大変」
「あらら、ほんと大変だ。どっちも村じゃ広い方だからね。大丈夫なの?」
「うん。でも、明後日には出さなきゃならないから。手伝うの約束したし」
 彼は口一杯に頬張りながら、笑顔を見せる。
 彼は口に出した事は必ず守る。それが突然現れた敗残兵に村を荒らされ、それに時間を取られても、必ず手伝うと約束した事は、一生懸命にしてくれた。
 例え彼が戦う意外は本当に不器用でも、その気持ちが嬉しいのだ。
「あんたはほんとに頑張り屋だね。あたしの息子も、これくらい頑張ってくれればいいのに」
「ルードも頑張ってるぞ? みんな頑張ってるんだ。俺は、体動かしてる時は、他の事考えなくていいからそうしてるだけ。別に頑張ってない」
「……でも、助かってるよ。あんたが来てくれた事は、本当に嬉しい」
「えへへ…」
 彼が何かを抱えているのは、みんな良く知っている。でも、それが何かは、彼は絶対に言わなかった。
 余程辛い事が在っただろうと思うのは、時折、北西を見つめて泣いているから。そして部屋を貸している者が、何度か魘されて飛び起きる彼を見たから。
 聞くと多分泣いてしまうと思えば、誰も何も聞かない事に決めた。
「んじゃ、ごちそうさま。すっごく美味しかった!」
 いつの間にか食べ終わった皿には、小さな食べ残しも無い。
「それじゃあ、俺手伝いに行ってくる」
「ああ、一寸待って。おやつにと思ってお菓子を焼いたから、それを持っていって」
「やったぁ! おばちゃん大好き!」
「おだてたって量は増えないよ」
 台所に用意していた布の包みを彼に手渡し、入って来た時と同様に、元気一杯に出ていく彼を見送った。
「何かなぁ〜、ん〜〜、この匂いは! ジョスティア〜ン〜〜〜〜〜〜!」
 彼の特技は、一度食べた物は、匂いだけでも正確に当てられる事。
 中身を潰さない様に両腕で抱き締め、何時食べようか考える。
「兄ちゃんおはよう!」
「お、はよ!」
 彼の小脇を、桑を持って走る子供に、彼は振り返りながら挨拶をした。当然、足下に在った地面の窪みには気付かず、そのまま転けた。
「兄ちゃんどんくせぇ〜ぞ〜〜」
「あう〜〜〜」
 駆け付けた子供に、膝の汚れを払い落として貰いながら、彼は立ち上がったが、持っていた包みが潰れているのに泣きそうになった。
「あ〜あ〜、もう泣くなよそれだけの事でぇ〜。俺のおやつも分けてやるからさ。元気出せよ」
 どっちが年上か判らない慰めに、彼は何故か怯まずに頷いた。
 このどうしようもない情けなさが「また可愛いんだよな」と子供は思う。年上の彼には悪いが、どうしても弟が居る気分になる。
 子供は自分の昼食と、一緒に持たされたおやつの袋を広げ、半分になる様に均等に分ける。それを半べそで待つ彼。子供の手が止まったのは、半分ずつに分けたおやつを、彼に渡そうとした時だった。
「あ、彼奴まだ居る」
「彼奴?」
「ほらあそこに居る奴だよ。昨日の夜から居るらしいんだ」
 少し離れた所を歩いている男を子供は指さし、彼もそちらに顔を向けた。
 この村の者ではない。遠くからでも判る程に高い背丈、漆黒の髪に同じ色の服。武器らしい物は何も持っていないが、あまり近寄りたくない雰囲気だ。勿論、見覚えはない。
「別に何かしてる風でも無いんだけど、お母ちゃん達が怖がってさ。兄ちゃん、お願いだから、村から出て行かせてよ。そしたらお母ちゃんに、お菓子一杯作ってって頼んでやるから」
「……う、うん」
 村に危害を与えると決まった訳ではないが、取り敢えず彼の仕事はこの村の平和だ。大好きな村の人が嫌がるなら、一寸勝手だが、早々にどこかへ行って貰わなければ。
 お菓子一杯食べたいし。
「じゃあ、これ持ってて」
「うん。頑張れ兄ちゃん!」
 大事な、潰れてもまだ食べられる、お菓子の包みを子供に預けて、彼は男の元へ向かった。
 近付いていくと、男の顔もはっきりと見えてきた。
 黒い瞳を持つ顔は、物凄く整ってはいるが、どこかつかみ所のない顔だ。短めの髪を後ろへ撫で付け、無表情に此方を見つめている。
「やい貴様! この村に何の用があるんだ!」
 少し距離を取って、様子を伺いながらずばり言う。
 相手の顔に向ける為に、斜め上を向いてしまう彼の指先。男の顔は思いっきり下へ向けられ、二人の身長差が見ようによっては情けない。
「用がなかったら、さっさとこの村から出て行け!」
「人を捜していたんだ」
 男の声は低く、しっかりとしている。矢張り聞いた事のない声だ。
「この村に居るのか? だったら……俺が捜してやる」
 どうも無表情だが、嘘を言っている感じがない。戦からこちら、戦地から引き返してくる者達の中には、戦で死んだ兵士の手紙や遺品を預かって来る者がいる。男もそんな一人で、仲間の家族を捜しているのかも知れない。