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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「許せる筈、無いよな……ソルティー。絶対に彼奴等に復讐してやるから、ずっと俺の側に居てくれよな? ……それくらい、いいよな、ソルティー…ソルティ……ソル…ウ…ウウ……ッ! ウワアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」
 喉が張り裂けそうな慟哭が、空に届く。
 止めどない涙を流しながら崩れていく恒河沙を、須臾とハーパーはただ見つめるだけだった。


 風が吹く。石像達の間を通り過ぎて、空に上がる。
 新たに現れたこの死の国に、人は何を感じるのだろうか。
 忘れ去られた国。
 閉ざされた王国。
 その国の最後の王が、この世界をどれだけ愛したのか、誰が気付くのだろうか。
 そしてまた風が吹く。
 何もかも忘れるかの様に、王の残した赤い錆を、静かに吹き飛ばす為に……。









「やっぱり……帰らないの?」
 須臾の言い知れぬ言葉が出たのは、パクージェ協和界国の中程の街道。
 その分かれ道だった。
 結界が失われてから、既に一月。カリスアルは大きな変貌を遂げた。
 誰もこんな時が来るとは思っていなかっただろう。風壁が消え、そして、誰も見た事のない広大な水の塊が大陸を取り囲んだ世界など。
 蒼陽が姿を消し、白月が動き出しす世界には、突然闇の時間が訪れた。
 世界中の人々が恐れ戦き、そして自分を取り戻すのは、意外と早かった。その陰では、精霊神と呼ばれる総てを見通す者達が存在し、恐れるなと言葉を投げ掛けていた。
 理の力を含んでいた雨は失われ、代わりに大地を潤す雨が何度も降る様になった。
 この後大陸の北では、白く冷たい柔らかな物が降り注ぐようになるが、まだその時ではない。
 世界はこれ程変わってしまったのに、変わらない者が存在する。それが須臾は悲しかった。
「うん。俺、する事あるから」
「そ……」
 恒河沙の首には紫の石。前よりも安物の鎖に着いているが、彼にはそれは大した意味を持たない。
 此処へ来る途中、アストアの行軍とすれ違った。兵を率いたニーニアニーと、ほんの少しだけ話をして別れた。
 懸命に泣くのを堪えている彼を、長く引き留められなかったのだ。
 ハーパーは、まだリーリアンに居る。
 彼がこれから何をするのかは、聞かなかった。これから長い時を生きていかなければならない彼が何をしようとしても、恐らく自分ではその真意を測れないと思ったからだ。
 殆ど会話らしい会話もなく、ただ手を振ってハーパーは二人を見送った。それに答える様に二人も手を振り返し、止めたのは彼が見えなくなってからだった。
「じゃあ、俺、此処までな。これ以上行っても、須臾にずるずる引きずられていきそうだし」
「良く判ってるじゃない」
「ヘヘ……」
 須臾は恒河沙の頭に手を乗せて、思いっきり力一杯撫でまくる。
 恒河沙が一人で旅をすると言いだしたのは、リーリアンを出てからだ。須臾が何度説得を試みても、彼は止めるとは言わなかった。
 もしかするとハーパーよりも恒河沙は生き続けるかも知れない。そう思って、須臾は説得を諦めた。
 変わった彼は、これからなんの変化も訪れないのだろう。
 精霊神と、創造主の子供の力。反発せずにそれを小さな体に宿してしまった彼に、これからどうして人の世を生きられると言うのだろうか。
 その変わらぬ肉体と、力を使って、恒河沙は捜し続けると決めた。
 自分の大切な人を奪った者達を、どこまでも追い掛け、そして殺すのだと誓った。
 須臾にはそれを止める言葉を探し出せなかった。
「須臾、今までありがとな」
 しっかりと須臾を見上げる瞳には、感じて欲しい悲しみは浮かんでいない。元気すぎる程元気で、腹が立つ程悲しかった。
「僕は、何時までもお前の味方だから。だから、何かあったら帰っておいでよ」
「うん、分かってる」
「恒河沙……」
「じゃあ、俺、こっちの道に行くな」
「うん……」
 須臾が言葉を捜している間に、恒河沙は先に自分の進む道を歩きだした。
「じゃあな須臾! あのお姉ちゃんを泣かすなよっ!!」
 振られる手に、須臾はただ立ち尽くすだけだ。
「元気でな! みんなに会ったら、俺の代わりにそう言っといてっ!!」
「お前も、無茶するなよ! 何かあったら、絶対、僕の所に来るんだよっ!!」
「ああ、絶対だ!」
 それが須臾に聞こえた恒河沙の最後の言葉だった。
 須臾は恒河沙が見えなくなってからも、暫くそのまま彼が進んだ道を見続けた。
 今から走っていけば追い付けるかも知れない。無理矢理にでも連れていけば良い。しかしそうする事が出来なくて、ただ見つめるだけだった。
「ったく、お前は馬鹿だよ……」
 須臾は吐息のように呟いてから、ゆっくりと自分の道を歩み始めた。
「……ほんと、どうしてこうなっちゃうのかな…」
 元気を出して歩き出したが、直ぐに俯いてしまった。
 気落ちするのは得意じゃないが、どうしても元気は出せない。それでも無理矢理顔を上げて、誰に聞かせるでもない大声を張り上げた。
「あーあ、この事を誰から話そうかな! まずは幕巌に会って、それからリタちゃん。まあ世話にもなったし、婆にも一寸は教えてやろうかな! ……ったく、何を話せば良いんだよ」
 創造主に会った事か。それともそれから産まれた者か。それを倒す為に死んでしまった者か。
「信じてくれる様な話かってっ!! 英雄の話って言うのは、最後は必ず幸せに終わる物だろっ! 誰からも喜んで貰える話だろっ! なのにどうして死んじゃうんだよっ!!」
 いつの間にか須臾の足は止まっていた。
 俯いて、叫んで、両手を握り締めていた。
「これからもっともっと、楽しい事が在る筈だったんだっ! 恒河沙とハーパーと、僕達はこれからじゃないかっ!! なのに! どうして…こんな事になるんだよぉ」
 出会いは悪くなかった。道行きも楽しかった。いろんな事が在って、喧嘩もした。それでも、本当に心の底から悪くない旅だった。
 こんな悲しい最後になる筈じゃなかった。
 四人で始まって、一人になる終わりだなんて、欠片も思っていなかった。
 大好きな人、大好きな世界。そのどちらも必要として何が悪いのだろうか。どうして彼だけが死ななければならなかったのだろうか。
「ソルティーの馬鹿野郎……。お前のその格好の付け方、僕は最初っから大っ嫌いだったんだっ! ほんとは泣き虫なガキのくせに大人ぶって、女の子の視線独占してたくせに趣味が悪くて! 強いくせに僕達を雇って! 恒河沙誑かして! そんで自分の尻拭いを彼奴に押し付けてっ! 男らしくないだろっ!! 悔しかったら帰って来いよっ!! 僕はまだまだお前に言いたい事が沢山あるんだっ! 悪口だって、冗談だって、…沢山、あんたに聞いて欲しい事が沢山あるんだっ!!!」
 きつく目を瞑っているのに、地面には涙がこぼれ落ちる。
「だからっ!! 帰って来いよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 そうすればまた旅に行ける、恒河沙も戻ってくる。
 大好きな世界で、大好きな人達と一緒にいられる。
 それを望む事が悪いのか。
 須臾の叫びは静かに佇んでいた空に響くだけだ。
 誰かの瞳に似た青く澄んだ空は、ただそれを見守るだけだった。