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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「五百年前に死んでからも、死にきれなかった亡者が、土に還っただけだ。そうして目を反らしていれば、帰ってくるなんて思うなよ」
「ソルティーは帰って来るんだ!」
 慧獅から逃げる様に、恒河沙は後ろに身を捩った。そして二度と見せられない様に、顔を両膝に埋める。
「帰ってくる筈無いだろっ! 先刻までだって生きてた訳じゃない。大昔に死んだ奴が動いてただけだ!!」
「あんたなんのつもりだよ! これ以上恒河沙を追い詰めるな!」
 慧獅に対しては須庚も怒りを感じていた。
 確かに自分もソルティーを止めなかった。彼が死んでいる事も知り、彼が死に場所を此処に決めた決意を優先もさせた。
 けれど、あんな死に方をさせたかったわけではない。ソルティーが生きていた証の全てを消されてしまうような、あんな末路は想像もしていなかった。
「お前も彼奴が生きてるとでも思ってるのか」
「それはっ」
「ソルティーはちゃんと生きてるんだっ!!」
「死んでたんだっ!」
「もう止めてぇっ!! もう止めてよ慧獅……、それ以上酷い事言わないでよ……」
 晃司に支えられて立たなければならない程、消耗した瑞姫に止められ、慧獅は不機嫌な顔のまま恒河沙から離れた。
 彼女達に憑いている者達は、結界が無くなった時に漸く三人帰ってきた。
 父シルヴァステルと共に結界を抜け、風壁が光となってシルヴァステルと共に消えるのを見送った。しかし帰ってきた其処には、まだ結界が存在していた。入りたくとも入れない状況に三人は戸惑いながら時を過ごし、結界が消失した時には、想像していなかった事を見せ付けられた。
 誰も言葉を出す事はなく、ただ黙って瑞姫達を見守っていた。今はそれしか許されなかった。
「ごめんなさい。謝っても許して貰えないよね。――でも、これだけは本当なの、あたし達だってソルティーを失いたくなかった。みんなでソルティーを助けるつもりだった」
 それが今更なんの役に立つのか、瑞姫は判らずに言葉にしていた。ただ自分達が、ソルティーを犠牲とする為だけに使ったのではないと言いたかった。
 だがその言葉は、瑞姫達に一方的に使われた者に対する労りでしかなく、恒河沙には自己弁護にしか聞こえない言葉だった。
――こんな奴らのために……?
 もしもソルティーが彼等の立場であったなら、きっと誰かを犠牲にしようなんてしなかったと思う。彼はいつも一番きつい事を自分でしようとする人なのだ。
 シスルの神殿でも、ミルナリスが死んだ時も、アストアの森でも、シャリノを助け出した時も、彼はいつも一人で向かっていくのだ。
 そう、今回もそうだった。
 だからこそ、許せないと思う。彼等だけは許してはならない。
「それで、ソルティー助けて、今度は何に使うつもりだったんだよ」
 まるでオロマティスが体を支配していた時の様に、酷く冷めた恒河沙の言葉は先刻とは違っていた。
「鍵の次は、何にソルティーを使うんだ? 自分達の体を作らせる為か? それとも分けられた体を元に戻す為か?」
「ーーーッ?!」
 恒河沙は顔を上げ、真っ直ぐ、驚きを見せる瑞姫に冷酷な視線を投げた。
「知ってるんだ、俺は。お前等がソルティーに何をしたか、何をさせたか、全部知ってるんだ」
 オレアディスと阿河沙に出逢い、真実を聞かされた。仮体としての阿河沙の力を譲り受け、オロマティスの宿っていた体に戻って、其処に残された記憶を手に入れた。
 それでもソルティーさえ居てくれたら、自分は自分で居られた筈だった。ソルティーが恒河沙は自分だけだと言ってくれたから、自分を守り通す事が出来た。
 恒河沙にとって、ソルティーの死は納得できる話ではない。もしそれを受け入れられる言葉があるのなら、それは殺されたという事だけだった。
「なあ、何に使うんだよ。答えろよ!!」
 瑞姫を睨んだままの恒河沙の前に、慧獅が立つ。
 決して瑞姫だけではない恒河沙の敵意が、彼を貫く。
「瑞姫はずっと彼奴を助けようとしていたんだ。その準備だってしていたんだ!」
「殺したくせに」
 恒河沙の言葉に、瑞姫は俯いた。
「俺達だって万能じゃない! あの状況で、あれをどうにか出来たのは、彼奴だけだったんだ!!」
 瑞姫を恒河沙の矢面に出したくなくて、慧獅は必死に声を荒立てた。
「この世界を護る為に誰かが犠牲になるんなら、それが出来る奴だけで充分だ! 彼奴に在る力を、俺達は持っていない。彼奴が居なければ世界が無くなっていたんだ、ならやって貰うしかないだろっ!!」
 自分がどれだけ恥ずかしい台詞を吐いているのか判っていても、慧獅はそれを言うしかなかった。理由が他に見つからないのだから、全てをかなぐり捨てても、胸を張って声を張るしかない。
「そんなの楽なやり方なだけだろっ! 全部ソルティーにやらせて、お前達は見てるだけかよっ!!」
「彼奴だって納得してやった事だ! 嫌ならそう言えば良かったんだ!」
「ソルティーが断れないって知ってたくせにっ! ここに来る鍵にしてっ、時間だってやらなかった! ずっとソルティーは生きたいって言ってたのにっ!!」
「彼奴が死んだのは五百年も昔だっ!!」
「それでもソルティーはこれから先も生きたいって言ってた! 死にたくないって言ってた! 殺されたくないって、泣いてたんだっ!!」
「止めてぇーーーーーーーーーーーーっ!!」
 恒河沙の言葉に耐えきれず、瑞姫が悲鳴を上げた。
 自分達に見せなかったソルティーの本心が、傷付きすぎて今にも壊れそうな心に、更に突き刺さった。
「あたしが悪いの! ソルティーを最初に見付けたのはあたしなの! 彼の憎しみを利用したのはあたしなの! 世界と彼を天秤に掛けるなんて考えもしないで、後から気付いたけど、でももう遅くて。でも、彼を殺そうなんて考えてなかった!!」
 瑞姫は晃司の手を振りきり、押し戻そうとする慧獅からも身を乗り出し、恒河沙の奥底からの怒りに、身を捧げようとする。
「生きて欲しかったの。こんな事で死んで欲しくなかったっ!!」
「瑞姫っもう止めるんだっ!」
「殺したかったの間違いだろ」
「違うっ!」
「ソルティーを鍵にしたのは誰だ。ソルティーを此処に来させたのは誰だ。ソルティーをあの変な奴の前に連れていったのは誰だっ!!」
 誰でもない、三人、そしてその後ろに控える者達全員に向けられた言葉。
「俺は絶対お前等を許さないっ! ソルティーを使って、見殺しにしたお前等全員、絶対に許したりするもんかっ!!」
 真っ直ぐに突き付けられた指先に、瑞姫の表情が歪む。
 憎しみと殺意が明確に感じられ、慧獅が瑞姫を抑えながら晃司に顔を向けた。
 謝っても謝っても、絶対に許されない事に、また口を開こうとした瑞姫の体が慧獅達によって消された。
 瑞姫と共に慧獅達も恒河沙の前から消え、ゆっくりと恒河沙の腕は降ろされた。
 そして反対の手に握っていた紫の石を頬に当てた。握り締めていた石は、温かくなっていた。まるで優しく頬を撫でられた時のように、少しの間だけ、温かかった。