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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 阿河沙巡りは、彼の住んでいた、とされる部屋から始まった。とは言うものの、家具が二つだけの部屋を眺めても感動が湧き出る訳が無い。
 早々にその部屋の管理者に地図への印を貰って次の場所に向かった。
 観光地点の殆どが、普通の家屋敷を開放しているだけで、僅かばかりの拝観料を取っての所だ。しかも、その所有者の印を貰わない事には次の所に入る事も出来ず、明け透けな商売っ気に呆れを通り越して感心してしまう。
 ただ確かに殆どが小銭稼ぎの思惑なのは判ってしまうのだが、その中でも幾つかはそれなりに阿河沙の功績だと知れる物も確かにあった。
 三日目の二カ所目がそうだ。

「……た…た…?」
 壁に飾られた一枚の証書を眺めて恒河沙が口を開くが、難しい崩し文字の羅列でどうにも読めない。
「此の者、我が大地に根付く同胞の命を守護し、卑劣なる輩を討ち滅ぼし事に、感謝と敬意を表して此処に讃える。タゥンディス・エル・パリン・ウィスパラス・ウィスパニア」
 ソルティーが代わりに読んで聞かせた文字は、少し古い種類だ。今では位の高い者しか使わない。いわゆる儀礼用の文字である。
「何したの?」
「この地域で暴れていた盗賊団か何かを退治したらしいな。国王からの感謝状だよ」
「ふ〜ん」
 それが偽物ではない事は、王印と国印を見れば判る。
 恒河沙にはただの紙切れにしか見えないが。
「余程大きな盗賊団だったのかしら?」
「そればかりではないだろう。此処は鉱石がふんだんに採掘される場所の様だし、国にとっては要の場所になるのではないか?」
「そう言う事ですか」
「ふ〜〜〜〜〜ん!」
「んじゃあ最後行きますか」
 須臾の掛け声と共に、四人は最終地点へと向かったが、其処にはただ一着服が置かれていただけだった。
 阿河沙が着ていたとされる白いコートを脱力して見学した後、ソルティー達は地図を片手に宿に戻り、例の従業員に須庚が地図を突き付けた。
「おやぁ、全部廻ったんですか。余程暇なのか、それとも熱狂的なアガシャ様崇拝者のどちらかですね」
「どっちでもないよ。これ廻ったら、阿河沙の事を知っている人に会えるって言うから廻ったのに、何処に行ってもそれらしい人なんか居なかったじゃないか」
 須臾は腹立ち紛れにカウンターを殴り、従業員に捲し立てたが、彼は笑って受け流す。
「いやぁ、居るんですよね、アガシャ様の足跡を辿れば、自分もアガシャ様の様に英雄に成れると勘違いする人が。まあそれも、この地図通りに歩いている内に、大抵熱も冷めてくれるんですが」
「はぁ?」
 しれっとした態度で言い放たれた内容には、流石に全員が耳を疑った。
 どうやら街ぐるみで勘違いする輩の夢を覚まそうとしているかのような言い方であり、従業員の言葉は確信的でもあった。
「だから僕達はそうじゃないって」
 此処は怒るべき所なのかを悩む須臾に対し、従業員は懐から一枚の小さな紙切れを差し出した。
「ええまあ、でもですね、一応こっちの言った事も本当なんですよ」
「……はぁ?」
 差し出された紙には店の名前と、人の名前が書かれていた。その名前を指差し、彼は眉を上げる。
「これ、俺の親父。鍛冶屋なんだけど、爺ちゃん共々アガシャの剣を造ってたんだな。つう訳で、これが最後のアガシャ様巡りになりますよ。二人とも多分この街じゃ一番アガシャに詳しいから、話が聞きたかったら行って来たら?」
「最初に教えてよっ!」
 須臾がそう言うと、従業員は舌で「チッチッチッ」と音を鳴らしながら指を振ると、にっこりと営業用の笑みを見せた。
「そうすると商売あがったりですよお客さん。それに、俺の親父も来る奴全員に昔話を聞かせ続ける程時間は無いし。まあそれは、幸運にも俺の店に泊まってくれたお客さんへのおまけですよ、おまけ」
「おまけって……」
――負けた……。
 完璧にまんまと一杯食わされた。
 余程上手く廻らなければ、最低三日は掛かるこの街全体の阿河沙巡りだ。宿屋は確実に一泊から二泊は多目の収益になるだろう。
 態とらしいばかりの陳列物も、街ぐるみの悪戯と思えば納得も出来る。恐らく拝観料は街の収益として活用されるのだろう。だから途中で馬鹿馬鹿しくなって誰もが止めても、中盤以降の陳列もさしたる差もなく行われる。
 何から何まで計画された事に、三日がかりで付き合わされたのだ。
「ハァ〜〜〜〜〜〜。これ、ほんとに信じて良いわけ? 行ってみたら、実は其処もって事はない?」
「さあ。初めに言ったでしょ? 信じるも信じないもお客さん次第って」
「…………ハァ」
「この際だ、もう一つ観光場所が残っていたと思って、其処に言ってみよう」
 気分としてはソルティーも須臾と同じである。いや彼以上の虚脱感を感じているのは、教えられた店の名前が先日武器屋で教えて貰った、腕の良い鍛冶屋だったからである。
 皮肉な結果ではあるが、兎に角行くしかないと気持ちを切り替えるしかなかった。
「へいへい、行きますよ、行けば良いんでしょ」
「あ、お客さん。親父には此処の宿の名前と、俺の名を言えば良いから。俺の名はディンク。――それと、その子を連れていけば、絶対にばっちり教えてくれるから」
 ディンクが恒河沙を指差して嬉しそうに微笑み、須臾とソルティーは顔を見合わせた後、納得して頷いた。
 恒河沙だけはよく判らないと首を傾げるが、そう言う事だ。
 結局ディンクが彼の父親の事を教えたのは、阿河沙巡り達成のおまけでもなんでもなく、恒河沙の瞳を見たからだ。
 幾ら見せ掛けを変えようとも、瞳の色だけは変えようがない。そう言う証明を恒河沙は父親から受け継いでいるのだ。
「じゃあ行って来ますか」
「おう、行ってらっしゃい」
 此処連日の様にディンクに見送られ、ソルティー達は街の南に集まっている鍛冶屋通りに向かった。



 熱気と鋼の臭いと高く鳴り響く鉄を打つ音。
 開かれた扉の奥には火花が弾ける。その奥では、何人もの男達が蹈鞴を踏み締める。女性の姿は一人も見付からない、本当の男だけの世界だ。
 しかもその殆どが、獣族の中でも特に活力を持つと言われている、熊族・犬族・獅子族の者達ばかり。余程の統率が成されていなければ、こんなにも活気だけを現す事は出来ないだろう。
「うわぁ、すっげぇー」
 一件の鍛冶屋の中を覗き込んで、今にも出来上がろうとしている剣の熱色に恒河沙は目を奪われた。
「恒河沙、こっちだよ」
 紙に書かれた名前と同じ名の看板を見付けた須臾が手招きをする。
 通りの中でも一際大きな建物と、人の出入りが激しい其処の看板には『鍛冶職人ケトカ』と在った。
 中を覗いてみると、大きな炉の廻りに十数人の男達が一人のがっしりとした体格の男に指示されながら、鞴に足をかけている。
「あの人かな?」
「さあ…誰かに、ああ、丁度良い」
 職人の一人と思われる男が中へ入ろうとしているのをソルティーが呼び止めるが、今は忙しいと逃げられる。
 その時一際大きな声があがった。
「良しっ! 今だっ抜けっ!」
 男の掛け声と共に、炉の側面に槌が打ち込まれる。
「気を抜くなっ!」
「へいっ!」
 近付いただけで燃えそうな溶けた鉄が、地面に造られた溝を通る。