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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「もう止めてぇ!! もう充分だからっ、それを取らないでっ! 取ったら、もう何もできなくなるっ、再生だって出来ないのよっ!!」
 瑞姫の叫びに、恒河沙は一瞬だけ彼女を見上げた。そして、涙で滲んだソルティーの姿を凝視する。遠くに離れている彼の姿は確認しづらく、けれど、彼が左耳に手を当てて居るのが見えてしまった。
『恒河沙、俺はこれを外すと溶けて無くなるんだ』
 飾りなんて似合わないから外せと言った時に返された、冗談だと思った言葉。
 ソルティーは笑っただけだ。
 冗談だったら、必ず後でそう言った。
 嘘は言わない。
 言いたくない事は隠すだけだった。
――だったら…ほんと?


「ソル…ティ……、取っちゃ駄目だ。取るなぁーーーーーーーーっっ!!」
《我に再び深淵を覗かせ給えっ!》


 恒河沙の叫びとソルティーが封緘を外すのは同時だった。
 そして肉塊が引き寄せるようにソルティーの体が落下した。

「やだああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 慧獅の作り出した壁が一気に膨張して周囲の肉塊を弾き飛ばす。空を見上げたまま落ちていくソルティーが顔を横に向けると、遠くにあるはずの恒河沙の顔が、まるで手を伸ばせば触れられるほど近くに見えた。


――ああ、そんな色だったのか。やっぱり、綺麗じゃないか……


 ソルティーが最後に見たのは、恒河沙の瞳の色。
 ずっと見たくて、何度も想像して、でも思いつかずに諦めていた色。

 大きく口を開いたように、穴を開けた肉塊の中にソルティーは消えていった。途端に捕食に動いた肉塊が穴を塞ぎ、彼を飲み込んだ。
 肉塊の中でソルティーの体から一気に力が解放されたのは、その直後であった。
 鍵となる為に授けた力。創造主シルヴァステルに連なる者達の力が、肉塊の中心で強大なうねりを伴って解放された。
「クッ!」
 須臾が張り巡らした結界は、小さくした分強固だった。それでも力は弾き飛ばそうとするほどに強い。
 気を抜けば、一溜まりもないだろう。それでも慧獅が肉塊全部を力で覆い、軽減させていた。
「ソルティーッソルティーッソルティーッソルティーーーーーーッ!!」
 恒河沙は気が狂った様に、手を伸ばす。そこには何もない。あるはずもない。最初から無かったのだ。
 どれだけ手を伸ばしても何も掴めず、吹き飛ばされて形を失っていく城と肉塊だけしかない。
 石で出来た樹木は、大気の波動で枝の先から崩れていく。嘗て城に助けを求めて押し寄せていた無数の彫像も、ぶつかり合うように粉々に壊れて消えていった。
「死んじゃやだぁあああああああああ」
 目の前にあるもの全てが信じたくない。悪い夢を見ているのだと言って欲しい。けれどもそれを言って安心させてくれる人は消え、切望だけが口から溢れた。
「瑞姫っ! 何をして居るんだ、今しか出来ないんだぞっ!!」
 晃司が呆然と一点を見詰める瑞姫の頬を打った。
 こんな時に冷静になどなりたくない。しかしならざるを得ない晃司は、まだ正気に返られない彼女をもう一度打つ。
「彼奴の死を無駄にするつもりなのか!!」
「ッ! ――分かってる……分かってるわよっ!!」
 瑞姫は体の大半をこそぎ落とされた蠢く肉塊に、ありったけの力を放つ。晃司は彼女に向かって力の全てを注ぎ込んだ。
「お前なんかが居るからーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 泣きながら瑞姫は何度も、何度も何度も何度も力を放ち続ける。
 ソルティーの解放した力と瑞姫の力に圧され、肉塊はその体を少しずつ小さくしていった。
「消えろっ消えろっ消えろっ消えろっ消えろっ消えろっ消えろっ消えろっ消えろっ消えてっ無くなれえーーーーーーーーっ!」
 自分達が悪いのは知っている。慧獅だけが悪いのでもない。元を探していけばシルヴァステルとなる。しかしそれを否定すれば、自分達だけではなく、ソルティーの死さえもが無駄になってしまう。
 だからこそ何かに当たり散らしたかった。
 瑞姫は肉塊が一欠片もなくなっても、攻撃を止めなかった。いや、止められなかった。
「瑞姫……」
 晃司は空から降り注ぐ自然の光を受けながら、瑞姫の突き出した腕を押さえ付ける。
 シルヴァステルの力を持った肉塊が無くなった瞬間、灰色の空に朱陽の光が溢れたが、誰もその事に気付かない。みんな俯いていた。
「ソルティーが……ソルティーがぁーーーーーーーーーーーっ!!」
 瑞姫は晃司の胸にしがみついて大声で泣いた。
 自分の力の無さ。
 犠牲にしてしまった者。
 涙を堪える事は、出来なかった。





 シルヴァステルを封印していた結界が失われた事を、知る者は少ない。
 それでも、その事に気付いた者、気付かされた者が居る。
 抑え込まれていた力が一瞬で弾けたのだ、そして世界中にその力が流れた。

「リーリアンへ向けて兵を出すっ! アストア国中にふれを出せっ!!」
 ニーニアニーは大臣達を揃えての会議の席で、突然立ち上がり、叫んだ。
「王よ、何を突然にその様な事を……」
「反論は許さぬ! 我が名に命じて、アストア国中の兵を集めるのだっ!!」
「しかし兵とは何事ですかっ、戦でもするおつもりですか!」
「戦ではない! 友の、弔いの為だ!」
 ニーニアニーはそう言いきり、そして部屋を出た。
 戸惑い、意見を並べる大臣達の言葉も聞かず、自室に向かったニーニアニーを、部屋の前でミルーファが出迎えた。
「ニーニアニー様、村のアスタートもお連れ下さい。長としての私をお使い下さい」
「ありがとう……心から礼を言う」
 ニーニアニーはミルーファと共に部屋に入り、扉を閉めた直後床に跪いた。
「ミルーファ、済まない、余は暫く友の為に泣く。だから誰も部屋に近付けさせないでくれ」
「はい。気が済むまで、心の底から悲しんで下さい」
 ミルーファが見守る中で、ニーニアニーは声を押し殺して泣いた。
 ソルティーが残した最後の言葉が、重くのし掛かる。
 自分の墓は要らないと、そう告げた真意。決して生き残るからでは無いと判っているから、どうしてもそれが辛かった。
 鍵としてこの世界に再び戻ってきたソルティーに、最早墓など必要ない。墓は其処へ戻る魂が在るから必要なのだ。ソルティーはもう、人の輪から外された者だった。
「ソルティアスッ!!」
 ニーニアニーは、自分が墓を造るしか出来ない自分が、途轍もなく惨めに思え、その日一日を泣いて過ごした。



 激しい音を立てて、テーブルに並べていた皿が割れた。
 質素な料理を乗せた皿ごと、シャリノが突然もがき苦しみながら床に転がったからだ。
「あ、兄貴っ!?」
 慌てて駆け寄るミシャールの前で、シャリノは自分のシャツに手を掛け、そして破り捨てた。
「グァッ…ッ!!」
「どうしたんだよ兄貴っ。い、医者っ! 誰かお医者さん連れてきてっ!!」
 ミシャールの悲鳴に近い叫びに、食卓に集まっていた全員が一斉に外へと飛び出す。
 それを掻き分ける様に入ってきたベリザがシャリノに駆け寄り、手にしていた短刀を翳した。
「ベリザッ!? あんた兄貴に何する気よっ!!」
「黙って見ていろっ!!」
「ーーーーッ!?」