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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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“父の力以上の力をぶつければ可能だろう”
「その時点で駄目じゃん」
“我等の力を総合すれば、父自身には敵わないものの、父の抜け殻程度は上回れる筈だ”
「マジ?!」
 慧獅の後ろの声に瑞姫は喜んだが、それを否定したのは晃司だった。
「そりゃあ無理じゃないか。俺は兎も角、瑞姫と慧獅の力は水と油だ。合わせようにも合わせられない」
“そうだ、問題はそれだ。特に瑞姫の扱う力は、我々の力さえも攻撃して減少させる”
「何よそれ! んじゃあどうする事も出来ないわけ? もう、彼奴等何処に行ったのよ! 早く帰って来なさいよ!!」
 瑞姫は八つ当たり気味に、今は居ない者達に叫んだ。
 幾ら無尽蔵な力を持つ者達を従えていても、瑞姫達は生身の体を持つ。こう立て続けに敵を相手にしていれば、どうしても疲労は目に見えて色濃くなっていく。
 特に慧獅は、防御にソルティーの回復にと体を酷使しているのだ、とてもじゃないが瑞姫の様に声を大きくする事も出来ない。
「マジ、あたし切れる寸前」
“瑞姫……、もしかすると、帰ってこないかも知れないわ”
“私もそう考えていた”
「な、何よ突然!?」
 思いもよりたくない言葉に驚く瑞姫に、慧獅も晃司も真剣な表情を見せる。
「そうだな。シルヴァステルと一緒に消えちまったのかもな」
「可能性の問題だが、それは低くない」
「………シェマスが勝手に消える筈ないでしょ。そんな事は良いから、此奴をどうにかする方法を考えてよ!!」
 徐々に嫌な雰囲気になっていくのをどうにかしたくて、瑞姫はまた声を振り絞った。
“考えたんだけど、ここはひとまず、みんなで逃げるって言うのはどう?”
「良い考えねぇ……って言うと思う?」
 瑞姫は顔を引きつらせて、低く返事をする。
「だいたいどうやって逃げる。結界は閉じたままだ、今出たらもう二度と此処へ入られない」
「結果として、次にこれを見る時には、結界から溢れるほどデカくなってからだ。そんなでか物、どうしようもないだろ」
 三人の反発に返される声は無かった。
 瓦礫の上を這うように肥大化する肉塊は、とても放り出せる物ではない。このままあらゆる物を破壊しながら膨れあがり、世界を飲み込んでも不思議ではない物に見えた。
 シルヴァステルを倒しに来た結末は、全く違っていた。けれども、これこそがシルヴァステルに感じていた畏怖その物だろうとも思う。もしも創造主が完全なる破壊と滅亡を世界に与えていれば、為す術もなく世界は滅びていたのだ。
「どうにか……しないとっ!」
 瑞姫は両手を握り締め、全身から力を呼び起こそうと奥歯を噛み締めた。
 次こそ最大の攻撃を与え、肉塊を消滅させなければならないだろう。あと一度だけが、その機会だと強く腹に据えた。
 その時だ、
“一つ、方法を思いついたが”
 慧獅に憑いている男が、言いにくそうに言葉を出した。
「何?! どんな方法?!」
“鍵だ”
「鍵……って、ソルティー?」
“そうだ。体を動作させる力では在るが、我等の力が鍵には備わっている”
 生かす力、動かす力、繋ぐ力。一つに合わせる事が不可能なこの三つの力が、別々の方向性でもって作用されていたが、一つの器に入っている事は確かである。
“それをあれの前で解放するのだ。上手く行けば――”
「駄目っ!! それだけは絶対に駄目ったら駄目ったら駄目ったら駄目ぇーーーーーっ!! そんな事をさせるくらいなら、あたしがするっ!!」
“無理だ。抑もの力の成り立ちが違う。君が何をした所で、彼の様に力を放つ事は不可能だ”
 単なる依り代の瑞姫には、何の力も備わっていない。分かり切った反論に彼女は頭を振った。
「でも駄目なのっ! ソルティーは助けるのっ!!」
 悲痛な叫びは、地上の地響きで掻き消された。
 ズゥゥゥン――かなりの轟音と共に、東の塔が崩れていく。最初の倒壊で損傷の大きかった三階部分から崩れ始め、塔は上部を内側に向けて折れる状態で倒れていった。
「これ以上!」
 瑞姫は険しい顔で肉塊に向かって落ちていく塔に力を放った。また激しい破壊音が周囲に響き、塔は原型を留めないまでに砕けていった。しかしどれだけ小さな破片になっても、地上で広がるだけ広がった肉塊に落ちる全てを消し去る事は出来ない。
「ふざけんなーーーーーー!!!!」
 二段目三段目四段目と、瑞姫は間髪入れずに攻撃を続けた。
 死に物狂い。そう表現できるだろう形相だった。晃司も瑞姫に手を貸そうと、肉塊の周りに見えない壁を作り出した。細かい破片ならこれで食い止める事は出来る。だが瓦礫の衝撃を防いでも、肉塊の増殖は止まらない。
 晃司の防御壁は慧獅ほど完璧ではなく、肉塊に触れれば力を食われて餌になってしまう。
「慧獅、これはお前が――慧獅?!」
 ふと晃司が気付いた時には、慧獅は近くから消えていた。
 慌てて捜すと、彼はソルティー達が集まる場所へと向かおうとしている所だった。何を考え、何をしようとしているのか、今は直ぐに察知できた。だから晃司は、口を噤んだ。
 瑞姫が慧獅の行動に気付いたのは、東の塔に続いて北の塔を肉塊が押し潰そうとした時だった。
「慧獅っ! あんたどこに行くつもりよっ! 帰ってきなさい!」
 瑞姫は怒鳴りながら彼を追うとしたが、それを阻むように北の塔がぐらりと揺れた。
「壊れろおおお!!」
 怒りの為か瑞姫の顔は赤くなり、繰り出す指先に力が入る。まるで巨大な礫を投げるように動いた彼女の手の先で、北の塔の上半分が吹き飛ばされた。
「ソルティーに何を言うつもりなのよっ!!」
 既に肉塊の大きさは、全ての塔に密着するまでになっていた。瑞姫がどれだけ周辺を先に潰していっても、肉塊はそれ以上の速度で壁を壊し、塔を壊し、一度は壊された瓦礫さえも破壊し続け、自分への攻撃としていった。
「何でっ、何で何で何でぇーーーー!!!」
 止まらない肉塊の姿に瑞姫の焦りは頂点に達している。
「もう良い!」
 これ以上攻撃をしても何も変わらないと、瑞姫は慧獅を連れ戻す方へと考えを変えた。
 しかし、動き出した彼女の腕を掴んで止めたのは、悔しさを浮かべる晃司の手だった。
「な……何で…よ……。何であんたまで!!」
 三人の中で誰よりも仲間を大切に思う晃司が邪魔をする。彼の浮かべる苦渋の表情が、あまりにも辛かった。
 振り解こうとしたしても晃司の力は少しも緩まらず、強く強く瑞姫を引き止めた。
「あんたなんか……あんたも、慧獅もっ、仲間じゃない! あんた達なんか死んじゃえっ!!」
「ごめん瑞姫……」
「これじゃあなんの為に頑張ってきたのか分からないじゃないっ!! 最後の最後まで彼におっ被せて助かろうなんて、そんなの許せないっ!! 放してよっ! 放してえ!!」
 泣き叫びながら瑞姫は自分の腕を掴んだ晃司の手に爪を立てた。感情の歯止めが利かなくなった彼女の力は、晃司の体さえも容赦なく打ち据えてしまう。
 痛みは相当なものだ。どれだけ回復が早くても、肉を裂かれ骨を砕かれれば、痛みに呻く事もあるだろう。だが晃司はただ黙って耐え続けた。しっかりと彼女の腕を掴んだまま、慧獅が役目を果たすのをじっと耐え続けた。