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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 ぶよぶよと蠢きながら、須臾に向けて自分の一部を伸ばしている。それを須臾は切り落として、後ろに下がってきていた。
「彼奴、力を吸収するんだよっ!」
 切り落とした肉片は床に落ちた途端、力を失った様に動かなくなり、溶けて崩れていく。雷や炎はそのまま吸収されてしまった。どうにか効果があったのは、風の刃で切る事だけ。しかし精霊の力で切り落とされた肉塊は、その力を取り込んでしまうのか、切られた以上に大きくなる。
 しかも須臾の使役する高位精霊の魔法でさえ、肉塊の一部を切り落とすのがやっとで、とても肉塊そのものを切り刻めなかった。
「どうなってるのよ!」
「知らないよ! でもこれじゃあ、僕じゃ歯が立たない!」
 胸を張って泣き言を言う須臾に、晃司が顔を上げた。
「仕方ない。俺達がなんとかするしかない……んだよな?」
「……嫌だけど、どうにかする。のよね」
 これ以上の嫌々そうな顔は、そう滅多にお目に掛かれないだろう。
「そういう訳だから慧獅、しっかりね」
 恒河沙に胸を張った手前、「殺さないで」とか「助けて」は、言えない。慧獅の肩を叩いて、瑞姫は成る可く肉塊を見ないように、見ないようにと足を肉塊に向けた。
“瑞姫、あれ、何か変よ”
「変? ……うぇ〜〜、見ちゃった」
“そうなの。どこがとは、私では言えないけれど、確かに変”
「そんなの見た目からして、変の大集合よ」
 完全に正視してしまったから恐い物はない。
 胸焼けを起こしそうに気持ちが悪いが、さっさと終わらせるつもりで、ねちょねちょのぐちゃぐちゃに手を突き出した。
「晃司、念のため“サポート”お願い。さあ、いっくわよぉ」
“さくっと?”
「そう! さくっとねっ!」
 疲れ切った体にむち打つ様に声を出し、瑞姫は盛大に吹っ飛ばす勢いで力を振り絞った。
 晃司もそれに呼応する。
 放たれた力は肉塊を直撃し、大きくその形を変えた。そのまま消し飛ぶと思ったが、消し飛んだのは、表面だけだ。
 肉塊は受けた攻撃力そのままに、再生の速度を速め、瑞姫に向けて触手を伸ばす。
「うっそぉ!?」
 瑞姫は咄嗟に第二段を放ち、触手を消滅させたが、向こうも続けて触手を伸ばす。
 連続した攻撃を続けていれば、破壊と再生の均衡が保たれるらしく、肉塊が大きくなる事はない。しかし肉塊を、確実に倒せもしない。瑞姫の攻撃では、肉塊の大きさを留める位しか出来なかった。
 その上攻撃を止めると、また先刻の様に増殖をする。
 ギシギシと床が鈍い音を響かせ始め、シルヴァステルとオロマティスとの攻防によって崩れていた壁が、更にひび割れていく。石の欠片や粉が落ちていく音があちらこちらかも聞こえだす。
「どうしてぇ〜〜〜」
 次々と槍のように飛んでくる触手を消し、頭は混乱する。
 どうやら肉塊は、攻撃を仕掛ける者だけに反応する様で、触手は瑞姫だけにしか向かってこない。慧獅が居れば防御して貰えるのだが、今は絶対に頼めなかった。
「突っ込んでどうにかなると思う?」
“無理。これだけ近いのに効果が薄いのよ? 避ける為に、距離をある程度は残しておかないと、これに貫かれちゃう”
「じゃあ質問変える。シェマスが戻ってきたら、どうにかなる?」
“……今の力が倍になるだけでもましね。試してみないと、私には判らないわ”
 期待薄の返答に、瑞姫の表情が強張る。
 確かに試してみないと判らない。それも今すぐでなければならないだろう。
 肉塊の再生能力は、攻撃を受けるたびに速まっているようだ。瑞姫の攻撃を受けるのと、ほぼ同時に行われるのでは、今の倍傷を付けてもどれだけの効果が得られるか。
 瑞姫は溜息を吐きながら、向かってくる触手を次々と消していった。
 その後ろでは慧獅が後ろを気にしながらも、ソルティーの治療を続けていた。
「一体どうしてるんだよ……」
“視るか?”
「出来るのか?」
“私を誰だと思っているのだ。もう一人と出来が違う”
「同じだろ? まあ、判った。さっさと終わらしてくれ」
 目を瞑って独り言を言う慧獅を、恒河沙はじっと見詰めていた。その横では、颯爽と出た割には、敢え無く退却した事に、須臾が多少の自己嫌悪に陥っていた。
“慧獅! あれは父上だ!”
「はあ? ちょっと待ってくれ。シルヴァステルって、先刻どっかに消えたんじゃなかったのか?」
“それでも、あの力の性質は父上。それと、オロマティスだ”
「どうして其処でオロマティスが出て来るんだよ? そいつも先刻居なくなったって言ったじゃないか」
“しかし私は真実を述べたまでだ。あの肉塊は、真実父上とオロマティス、双方の力の上に成り立って居る”
「その訳は?」
“判る筈もない”
「どうして判らないんだよ……」
「仮体の所為だ……」
 慧獅の疑問に応えたのは、目を閉じたままのソルティーだった。
「主!」
「へっ?」
 少し体の自由が戻ってきた恒河沙が、ソルティーを抱きかかえるハーパーの腕にしがみつく。顔を見ようと背伸びをしても、どうもよく見えない。下ろしてとは言えないまま顔をくしゃりと歪ませていると、不意に掴んでいた腕が下がっていった。
 気を利かせたハーパーが膝を着いたのだ。
「ソルティ……」
 漸く見れた彼の顔は、驚くほど生気がなかった。
 病に冒されて弱っている姿とは違う。健康な肉体のまま死んだ体が、目を開けて口を動かしているような感じだった。
「阿河沙はオロマティスのこの世界での体だった。アタラントの中に存在していたオロマティスは、アタラントが消滅する際に自らも消える恐れがあったんだろう。だから仮体を作りだしてでも世界と繋がっている必要があった」
 口が動かされる事で出てくる声にも、何ら抑揚が感じられない。ソルティーの話はそれを知らない者達には驚くべき内容だったが、聞く者の顔を強張らせたのは、彼の人形を思わせる均一な口調であった。
「オロマティスとシルヴァステルの力は同質だ。仮体を奪った際に、シルヴァステルがかなりの部分で融合していると考えても矛盾はない。しかしシルヴァステルは去った。オロマティスには、一度シルヴァステルとなった体に繋がりはなく、再び阿河沙を仮体にする事は不可能だ」
“そうか。ならばあの体は、父の力とオロマティスの力が完全な形で存在している事になる。しかし既に父もオロマティスも此処に居ない。力を制御する意思が存在しない”
「力の暴走か……」
「そうだ。君達の誰かがあの中に入れれば、それを制御する事も出来るだろうが」
“それは不可能だろう。下意ならともかく、父もオロマティスも我等と”
「まあいい、出来ない事を議論するのは時間の無駄だ。ソルティー、教えてくれて助かったけど、自分の体の事判ってるのか?」
 ソルティーが話が出来ているのは、ずっと慧獅が彼に触れているからにすぎない。
 封緘を外してしまった事で、彼の体で止まっていた力の径は、ぽっかりと口を開いたままになっている。穴が開いた風船に幾ら空気を注ぎ込んでも、満たされはしないのだ。
「ああ、解ってる。しかし今は、君を必要としているのは、私ではない筈だ」
 均一な口調は、全てを悟っているように聞こえた。慧獅は腹立たしさを覚えた眼差しを瞬間浮かべた。