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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 考えたくもない事が頭を過ぎる。
 喋らすなと言われたから、聞きたい事を堪えて無理はさせなかった。それなのに、ソルティーの体はこうなってしまった。
 人の死ではないソルティーの死に直面して漸く、以前に彼が口にした言葉を、本当の意味で知った。
「須臾……」
 つい物思いに耽りそうになった須臾のシャツを、恒河沙は引っ張る。
「うん、何?」
「あれって、何?」
 恒河沙が力の入らない腕をなんとか持ち上げ、あれ、を指差した。
「あれ? ………なんだぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
 須臾が見たのは立ち上がった阿河沙だったが、果たしてそれを阿河沙と言い切って良いものかどうか。
「気色悪い……」
 阿河沙の着ていたコートを突き破って外に出ている肉の塊。まるで肌色の飴が膨張しながら溶けていくようだ。それが床に伸びて、彼の体を支えていた。
 俯いていた頭が、ガクンと上を向き、またガクンと下へ向く。体が大きく蠢く反動でそうなっているらしく、とても生きている様には見えなかった。
「なんだろ?」
「な、なんだろって……」
 須臾が答えを捜している間に、またコートから肉が弾け出た。
 びちゃ。ガクン。
 繰り返すそれを見て、須臾はずりずりと体を壁に沿わせて立ち上がらせた。
「なんか、物凄くやばい物みたい……。っていうか、吐きそう……」
 胃の腑からこみ上げてくるのは、コートが破れる度に体の中に在った力が吹き出してくるからだった。それは普通の力だとは思えない。力に何か色や臭いがあるとするなら、まさしく押し寄せてくる力は、腐敗臭だろう。
「どうしよ」
「ほんと、どうしようかな。ハハハ……。取り敢えず、みんなの所だっ!」
「おう!」
――なんでお前だけ気楽なんだ。
 須臾は急いで恒河沙を抱き上げてソルティーの所に向かった。
 そこではまだソルティーの治療が行われていて、誰もあの奇妙な物体に気付いていない。このドロドロとした力に気付けないくらいに、彼等は目の前の状況に苦戦しているのだ。
「ごめん、取り込み中申し訳ないんだけど、一寸後ろ見てくれない」
「駄目」
「お願いだから〜〜〜、一寸で良いんだよ。一寸だけ、ほんの瞬間で良いから!」
 こうしている間にも元は阿河沙だった肉塊が、際限なく膨張している。このまま放っておけば、とんでもない事になると思えば、須庚の声も自然と大きくなる。
 須臾の鬼気迫る言葉に、瑞姫は渋々目を開けた。
「もう、ちょっとだけよ〜」
 瑞姫は、鬱陶しく首を後ろに巡らし、一瞬固まってから一気に前へ戻した。
「なっ、何よあれっ? ちょーーーー気持ち悪っ!」
「なんだか判らないの?」
「判る訳がないじゃないっ! ちょっと晃司! 大変なの!」
「なんだよ、俺は――」
 晃司の顔は瑞姫によって無理矢理後ろへ向けられ、後は彼女と同じだった。
「なんだよあれはぁ〜〜〜〜!?」
「知らないわよ!」
「阿河沙さんの体だったのは判るんだけどね」
「あんた達分かる?」
“もう少し、はっきり見てくれないかしら”
“そうだな。出来ればもっと近付いて”
「嫌〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! あたし! ねっちょねちょのぐっちょぐちょは、大嫌いなのぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
 本気で嫌がっているのか、瑞姫はあまりの気持ち悪さに涙ぐむ。それでも普通の女の子なら逃げ出してもおかしくない状況で逃げ出さないのは、かなりの修羅場を経験しているからだ。
「お前達、何を騒いでいるんだよ! こんな大事な時にぃ〜〜」
 慧獅が急に手助けされなくなった事と、後ろで馬鹿騒ぎをしている事に、眉間に皺を刻んで振り向いた。
 そして、瑞姫と晃司の間に見えた物に、さっと顔を戻す。
「な、なんなんだあれは」
 増殖を繰り返した肉塊は、既に阿河沙の原型は留めていない。
 見た目はぶよぶよの脂肪の塊の様に見えた。夥しい血管らしき筋が、肉塊の不気味さを更に増大させてもいた。増え続ける体積にコートはぼろぼろに引き千切れ、肉塊の中に埋もれようとしている。
 既に阿河沙の頭部も消えていた。増え続けるだけの肉塊となって、見た目だけではなく体積通りの重量もあるのだろう、床の振動と軋みが微かに聞こえるようになってきた。
「慧獅が解らない物が、あたしに解るわけないでしょぉ〜〜」
 瑞姫は女の子らしく両手を合わせて、いやいやと首を振った。
 どうも聞くだけ無駄な三人に、須臾は改めて肉塊を見た。
「ねぇ、攻撃しても良いかな?」
 今の所、肉塊は増殖だけを続けて、此方には何も仕掛けてこない。ならば、まだ小さい内に片付けるに限る。
 須臾の意見に、振られ続けた瑞姫の頭がぴたりと止まる。
「そ、そうね。さくっと、やっちゃえば良いのよね。うん。晃司、行っちゃえ」
「嫌だよ俺も。それに攻撃は瑞姫の専門だろ」
「男のくせにぃ〜〜」
「この場合、男女は関係ない。俺も、あんな“スライム”は嫌いなんだよぉ」
 二人でこの現状を擦り付け合う姿に、須臾は肩を落とす。
「んじゃあ、ちょっと僕が仕掛けてみる」
「お願い〜〜〜〜」
「頑張れ!」
 まさか本気で二つ返事になるとは思わなかった。しかも二人の瞳には、期待に輝く光が溢れていた。
 須臾は溜息を吐き出しながら、恒河沙をハーパーの足下へ座らせて、気を引き締めて肉塊を見つめた。
――なんか、今は来てくれそうだし、何とかなるかな?
「雷の風、鉄槌の火、激流の水、震えの大地、聞こえる?」
 須臾の静かな呼び掛けに、彼に纏う精霊が姿を現した。
「良かった。嫌われたかと思った」
 精霊達は首を振って、須臾の頬に届かない口付けをする。須臾はそれに満足げな微笑みを返し、肉塊へ向けて指先を向けた。
「じゃあまずは、風よ!」
 須臾の言葉に精霊の一人が、肉塊へ向けて雷を放つ。激しい雷は直線を描き、肉塊に落ちる。
「きゃ〜〜〜、かっこ良い〜〜〜」
 肉塊を見ない為に、片手を顔の前に翳して、須臾の姿をだけに瑞姫は甲高い声を上げる。
「瑞姫ぃ、いい加減こっちに戻ってくれよ」
「もう……分かったわよ……ん?」
 渋々向きを変えた瑞姫だったが、自分に向けられていた視線に気付いて、横へと顔を向けた。
 其処には一人で立っていた恒河沙が、感情の乏しい表情を浮かべていた。
「お前らが……」
「え、何? ごめん、聞こえない」
 攻撃魔法による音が鳴り響き、小さな呟きは掻き消えてしまう。
 聞き直すと恒河沙は表情を心配へと移し、覚束ない足取りで近付いてきた。
「なあ、ソルティー大丈夫?」
「………うん! 大丈夫だよ!」
 あまり嘘が上手ではない瑞姫だった。けれども必死にそれを振り払って、精一杯の自信ある顔を作って頷いて見せた。
「だから、ちょっと待っててね。直ぐにソルティーを元気にして上げる」
 恒河沙に向かって右手の指二本を立てて見せ、瑞姫は腹に力を入れ直した。
 そうしてやっとソルティーの治療に専念できると、慧獅が胸を撫で下ろした時、後ろから須臾の悲鳴が聞こえた。
「嘘だろぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
「どうしたのっ!?」
 思わず振り向いた瑞姫が見た物は、先刻よりも遙かに大きくなった肉の塊だった。