小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

INDEX|148ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

 完全に諦めの雰囲気に包まれている者達に、瑞姫まで弱気になった。相手が強いのは、幾ら攻撃しても、全く効果がない事からも判る。それでも必死に踏ん張っているのに、当の力の源がこれでは、出せる力も出せない。
「見た目は可愛いのにな」
 勿体なさそうに慧獅が呟き、瑞姫は彼の足を踏む。「裸足なんだぞ!」と声を上げようとしたが、オロマティスの声に阻まれた。
「早く半身を呼び戻せ」
 恒河沙の腕が大剣を上げた。
「まずっ――」
 膨張したオロマティスの力に、慧獅の体が押し戻される。踏ん張っているのに、足は床をずるずると滑っていく。
「慧獅っ!」
「やだ、ちょっとマジっ?!」
 瑞姫達の目の前で、慧獅の指先が血を吹き出した。爪が割れ、剥がれ落ちたのだ。
「ーーーーーっ!!」
「慧獅に何してくれるのよっ!!」
 瑞姫が全身の力を一直線にオロマティスに向ける。それを彼は、剣を微かに動かして消し、無敵な笑みを瑞姫に向けた。
「ならば君が受けろ」
 オロマティスの力が瑞姫に向けられる。
「瑞姫っ!!」
 慧獅が声を荒立てながら瑞姫の前に出て、そして彼女を抱き締めてオロマティスから護ろうとした。
「………」
「………慧獅?」
 思わず目を閉じてしまった瑞姫が、ゆっくりと自分を包み込んだ慧獅に顔を上げる。其処には不思議そうに、オロマティスへと顔を向ける慧獅がいた。
 瑞姫に向けられた力は、慧獅が遮る前に消えた。
 カツンッと、床に大剣が落ちる。
「ーーーグッ!」
「何が、あったのよ……」
 恐る恐る瑞姫が慧獅から身を乗り出し、恒河沙へと視線を向けた。
 オロマティスは自分の胸に爪を立て、苦しそうに体を丸めている。額には先刻まで無かった汗が噴き出し、きつく瞼を降ろす姿は、彼の苦しさが並大抵のものでは無い様に見えた。
「彼、どうしたの?」
「判らない……っ!」
 慧獅が瑞姫を庇う様に動いたのは、オロマティスがカッと目を見開いたからだ。
 そして体を勢いよく起こし、空を見上げると共に叫びを上げた。
「よくも裏切ったなっオレアディスッッ!!」





 気が付いたら恒河沙は真っ暗な闇の中に浮かんでいた。何処だか判らないが、なんとなく此処に居ないと駄目な気がして、ぼうっとしていた。
 最後に見たのは、ソルティーの背中から出てきた、六人の見知らぬ者達。それを見た瞬間に意識が引き込まれた。途中誰かが自分の隣を擦れ違って行った様な気がしたけど、そんな事はもうどうでも良い気がする。
 お腹が空いた様な、眠い様な脱力感。
 眠ろうかどうしようか、考える事も出来ない。瞼が重くて、でも降ろしては駄目だと誰かが伝える。
 どうして駄目なのかとふと誰かに聞きたくなった時、目の前に誰だか判らない、知らない女性が現れた。
 優しげな髪の長い女性。前に見た事が有る様な、無い様な。恒河沙そう思ったのは、聖聚理教の神殿で、彼女の姿を象った石像を見たからだ。
 しかし、矢張り元からの恒河沙のおつむでは、オレアディスの名を思い出す事も出来ない。
【意識を手放しては駄目よ。貴方にはまだする事が有るの】
 自分はふわふわしているのに、オレアディスはしっかりと立っていた。
【貴方は帰る場所が在るでしょ?】
 問い掛ける言葉に、恒河沙は首を傾げた。
「どこ?」
【友達が居るでしょう。好きな人も】
「……えっと…」
 恒河沙が何度も首を捻っていると、徐々に彼の体がしっかりとしてきた。
「……あ…ソルティー!?」
 どうして直ぐに思い出せなかったのか判らないが、やっと思い出した恒河沙は、慌てて周りを見渡した。
「ソッ、ソルティーはどこ? 俺、一体どこに居るんだ?!」
【此処は貴方の内側】
「う……ちがわぁ? 俺、ひっくり返っちゃったの!?」
 どう考えればそんな答えが出てくるのか。オレアディスは少し驚いてから、クスクスと笑った。
「お姉ちゃん説明してよ……」
 自分の答えが間違っているのが見て取れて、恒河沙は自分で答えを見付けるのを、さっさと諦めてオレアディスに聞くと、楽しそうな笑いは失せ、悲しそうな視線を投げかけられた。
――お姉ちゃんじゃまずかったのかな? でも、おばさんって言ったら、女の人は怒るって須臾が言ったし。
「その人はお前の母親だよ」
「へ?」
 突然聞こえた声は恒河沙の後ろからだった。
【阿河沙……】
 オレアディスは喜びの言葉を噛み締める様に、両手を口元に運ぶ。
 恒河沙が振り向くと、一人の男性が立っていた。その顔は、忘れようにも――実際、先刻まで忘れていたが――忘れられない顔だった。
「てめぇ!!」
「止めて恒河沙! その人は、本当の阿河沙なの!」
「ほへ?」
 急に声色を変えたオレアディスにまた顔を戻すと、彼女の姿は変わっていた。
 肩までの髪を後ろで束ね、服も極在り来たりの質素なシャツとスカート。顔も確かに、綺麗というか可愛いというか、兎に角全く違う顔だ。
 どこか顔の造りは自分と似ている様な気はするが、見比べられないから判らない。
「先刻貴方が見たのは、この人の体を奪った御父様なの。悪いのはこの人じゃないの」
「………えっと…」
――確かそんな事をソルティーが言っていた様な気がする……。あれ?
 いろいろ疑問が浮かんでくるが、いつもよりもなんだか頭が鈍い。その中で一番大きく浮かんできたのは、本物の阿河沙らしいのが言った言葉だった。
「母さん?」
 恒河沙は自分とイェツリへと姿を変えたオレアディスに、指をうろちょろさせる。
「そうだ」
 阿河沙がしっかりと言い、恒河沙は今度は彼に指を出した。
「んで、親父?」
「そうよ。でも、ちゃんとお父さんって呼んで」
「………んで俺が」
「私達の子供、恒河沙。会いたかった」
 オレアディスは恒河沙を抱き寄せ、ありったけの愛情で頬をすり寄せた。
「ずっと会いたかった。この腕で貴方を抱き締めたかった」
 シルヴァステルによって創り出された神という存在には、時間という概念が無かった。
 老いも病も無く、ただ其処に在り続けて人の営みへ恩恵と畏怖を与えるだけ。人と接する機会が多ければ多いほど、オレアディスは短い時間の中で精一杯に生きる者達への憧憬を強く持ってしまった。
 シャリノの時間と、ベリザの人としての感覚と感情を譲り受け、束の間でも人としての時間を生きたかった。
 人として生き、人として恋をした。巡り会った男と夫婦となり、子供をもうけた。
 しかし宿った子供は人ではなかった。成長するごとにその実感が強くなり、何故かと悩む頃には夫は姿を消していた。
 このままでは産まれてくる子は、人としての形さえも持てないかも知れない。時の存在しない神の意味そのままに、無垢な赤子のままかも知れない。それを恐れたオレアディスは、恒河沙を産み落とす時に、自分の人としての時間を総て恒河沙に移したのだ。
 産まれた子を抱き締めるよりも、せめて自分との繋がりが無くなっても、自分の意志を持ちながら成長するようにと。
 そんなオレアディスと同様の気持ちが、阿河沙にもあった。
「私も会いたかった。ずっとお前の近くにいたのだがな」
 阿河沙は恒河沙の頭を撫で、微笑んだ。