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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 広範囲に防御壁を作っていると思われる慧獅は、額から汗を流しながら踏み止まろうとしているが、裸足の足がじりじりと押されて下がってる。瑞姫の服にも至る所を切り裂かれ、自然と修復される速度が追い着いていなかった。
 須臾は、恒河沙ではなくなった彼を見つめ、息を飲んだ。
「ソルティ……ほんとにこれ……どうなってるの」
 意識を取り戻した後も、ソルティーは恒河沙だけを黙って見詰めていた。
 恐らく始めからこうなる事を知っていたのだろう。だからオレアディスと会った時に、あんなに取り乱した。――いや、他にもある。須庚自身にさえ、思い当たる事が浮かんでくる程、恒河沙の変貌はあって然るべき結果だった。
――これが彼奴のもう一つの自我なのか……。
 産まれた時にあった自我は既に消えている。記憶を失って作られた自我の奥底で眠っている自我は、とんでもない者だった。
「いったい何なんだよ彼奴は!!」
 とても恒河沙が持っていた力とは思えないうねりが、周囲を押し潰そうとしている。須庚の声も届かなくなってしまった彼を前に、答えを知るものが沈黙を守っている事に、とうとう耐えられなくなった。
「説明しろよっ!! してくれよ……。彼奴は何になっちまったんだよ……」
 悔しいと思う胸の内を声にする須庚に、漸くソルティーの視線が向けられた。
 失った視界は変わらず、須臾をずれた視点で見つめてから、嘆きを隠すようにだけ瞼を下ろした。
「仮体だ」
「仮体……?」
「阿河沙は、冥神の創り出した現実世界での体だった。しかし阿河沙の体はシルヴァステルに奪われ、その仮体の役割はあの子に移った」
「でも、彼奴はオレアディスのっ」
「そんな事は関係ない。問題なのは、冥神がそれを望んだ事だ。冥神……オロマティスはシルヴァステルの子の一人だ。その意思を退ける力など、創られた神には無い」
 ソルティーは体を起こそうとして須臾の両肩を掴む。だが自分の体を支えきれず、額を彼の胸に寄せ、言葉を吐き出す。
「ずっと恒河沙は、オレアディスと冥神の狭間に居たんだ。今までのあの子を造っていたのは、オレアディスの力だった。……しかし、冥神の力は……」
「ソルティー?」
 須臾の肩を掴んだ手が落ち、須臾は慌ててソルティーを抱え直した。
「ソルティー! あんまり無理しちゃ駄目! もうあたし達とちゃんと繋がってないのよ!」
 瑞姫が頬に傷を造りながら叫んだ。
 須臾は一度瑞姫に顔を向け、ソルティーへと視線を落とす。
「…知ったのは……カミオラ…、確信…したのは……オレア…ディスに…会った時…」
 言葉を吐き出す度に、ソルティーの声は小さくなっていった。それでも語るのを止めないのは、ただ恨まれても仕方のない事を自分で判っているからだ。
「ソルティー、話をしちゃ駄目って言ってるのに! 残ってる力を使っちゃ駄目だってっ! 慧獅っ行って!」
「圧されてるんだぞっ!」
「そんな事言われなくっても分かってるわよ! でも、このまま使い捨てで終わらしちゃ駄目なんだからっ!!」
 涙目で叫ぶ瑞姫に、慧獅は後ろへと身を引いた。
「慧獅偉いっ! 晃司っ、こっちに力回してっ! 全力で押し返してやる!!」
「判った!」
 防御ではなく攻撃に移る二人に、オロマティスは微笑んだ。
「ったく、貸せ!」
 慧獅は乱暴にソルティーを須臾から奪い、手を彼の顔に翳した。
 先程もそうだったが、慧獅の力は須庚の知る治癒ではない。魔法などではなく、慧獅の力を注いでいるのだ。
「あまり話させるな。もう此奴には動く力も残ってないんだ。――良いか、お前も無理はするな。お前が死ぬと瑞姫が抑えられなくなる。凶暴だからさ、彼奴」
 深刻な気持ちを消そうとしたのか慧獅は笑みを浮かべる。拭いきれない緊張感からか、皮肉っぽい笑みにしかならなかったが。
「ほら。良いか、絶対にこれが終わるまでじっとしていろ!」
 ある程度ソルティーの顔色が戻った時点で、彼の体を須臾に渡して慧獅は瑞姫の元へ戻った。
「なんなんだよ……」
「須臾……」
「ソルティーは喋らなくて良い、後で全部聞くから。なんか恐いし」
 言葉を紡ぐ毎に力を失っていく姿を見て、それが人形の様で恐ろしかった。
 須臾は後ろのハーパーを手招きで呼び寄せ、弛緩したままのソルティーを預けて、後ろへと下がった。
 本当はこの場から去った方が良いとは思う。けれど恒河沙をそのままにはしておけないのだ。
「主は……?」
 ハーパーは腕の中で、瞳だけを微かに動かすソルティーに、更に悪化した彼の体を知った。
「なんかやばいらしい。取り敢えず、動かなかったら大丈夫らしいけど……」
 須臾はそう言いながら、事切れる一歩手前のソルティーは心配だが、もっと心配な恒河沙の方へと視線を走らせる。
――冥神だって? ……実在していたのかよ。いいや、それよりも、僕はどっちを応援すれば良い訳?
 中身は違っても、恒河沙は恒河沙だ。しかし、それと敵対する三人はソルティーを助けようとしている風にも見える。
――使い捨ては嫌だって言ってたし。と言う事は、ソルティーを鍵にしたのは、確実この三人って訳だ。今前に出ると、簡単に死んじゃいそうだし。見るしかないのかな。
 須臾の前では、四人の目に見えない攻防が進行し、時折苦悶の声を上げる。
“瑞姫、このままで貴女が保たない”
「ならさっさと片割れ呼び戻しなさいよ!」
“先刻からしている。しかし届かないのだ!”
「役立たず!」
“こうなったら、一端離れるしかない”
“何言ってるのだ! 今この場を離れると、抑えた力が何を引き起こすか判らないぞ!”
“そうよ。今は私達が帰るのを待つしかないのよ”
「そうだ。早く完全な力を持って私と戦え。そうでなくては、事を起こす事は出来ない」
「むぅ〜〜〜かぁ〜〜〜つぅ〜〜〜くぅ〜〜〜〜っ。あんた達の弟、性格ねじ切れてるんじゃない?」
“私達に言われても”
“会ったのも、話したのもこれが初めてだ”
「晃司、お前がどうにか出来ないのか」
「冗談言うなよ! 俺の力は全部お前等に送ってるんだぞ! 切り離せば、忽ちどかんだ」
“それにこっちの力はオロマティスより弱い”
「どうして弟に勝てないのよ!」
“仕方ないのよ。私達は二分されている上に、この世界に干渉できない様にされているのよ”
「それ消えてないの?!」
“我等が許して貰えたのは、存在の有無のみのようだ”
“維持はし易くなったが、影響は及ぼせない”
「使えないわね! だったら彼奴もそうなんじゃないの?!」
“オロマティスは母と共に消された”
“私達は身を裂かれ、私達を否定されたのよ。オロマティスはそうじゃなかった”
“父が母を縛り付けていた言葉を断ち切ったのならば、オロマティスは縛りを持たぬ完璧な存在となるだろう”
「その点彼奴は完全体だと言う事か」
「それに俺達みたいに疲れ切っている訳じゃないしな」
「あ〜〜〜〜、もうマジ切れそう! じゃ彼奴は、力を温存して来たわけぇ」
“先程の言葉が間違いでなければ、動こうにも動けなかったのだろう。しかし母から解き放たれた今は、彼奴こそ完全なる絶対者だ”
「さとりきって言わないでよ〜〜〜」