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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「じゃあ何? 今まであたし達がしてきた事は、どういう事よ」
 現にシルヴァステルは地精の協力の下で、世界各地で侵食を試みていた。それを全力で阻み続けていた瑞姫としては、到底納得し難いものだ。
“試されていただけかも知れない”
“迷って居られたのだろう。本心でこの世界を滅ぼすなら、我等と共に消していた筈だ”
“退屈を紛らわしていただけなのかも知れないわ”
 シルヴァステルが語らない限り、良い解釈も悪い解釈もどうとでもなる。何にしても一つも、二つも上の階層に棲む者達の考えはさっぱり理解できないと、瑞姫達は盛大に溜息を吐き出した。
 頑張って頑張って、何度も挫けそうになっても頑張った結果がこれでは、自分達の努力は何だったのか。
「じゃあ、あんた達の弟だけに、任せていれば良かったじゃない」
 正直あまりの展開に瑞姫は自棄になって吐き出した。
 シルヴァステルが世界を破壊しようとしたきっかけが、姿を変えても存在し続けていてくれた事で、今此処での脅威は消えた。だが、これからシルヴァステルが何を思い、何をするか考えるかによっては、今以上の脅威が世界中に撒き散らされてしまうのだ。
「とにかくシルヴァステルを追うしかない。話し合いが可能な相手とは思えないが、このまま逃げられては後で困る」
 自分達の後ろの者達は、世界を護る側の者ではあるが、犠牲となる者達の命を考える事が出来ない。人も精霊も動植物も全て等しく、時間が経てば循環するだけの流れとしか捉えていなかった。
 だからこそ安穏とした台詞を並べ、慧獅はそうした空気を一転させようと次の手を口にした。
 その返事は、彼の思ってもいなかった所から放たれた。
「それは無理だ。約束の刻はこれより始まる」
 先刻とは明らかな違いを見せるオロマティスの言葉に、戸惑う視線が三対向けられた。
 違っていたのは、殺意の有無であった。自分達に向けられた殺意は、オロマティスが振り向くと同時に形となった。
「マジッ!?」
「クッ!」
「どうしてっ!?」
 咄嗟に防御していなければ、無数に走った切り傷だけでは済まなかった。
“オロマティス止めてっ!”
“何故我等が争わねばならないっ”
「もう一度この世界を戻す為。母とそう約束を交わした」
「そんなのあんた達の親にやって貰いなさいよ!」
 シルヴァステルならば簡単な事だと言い返すが、オロマティスは拒絶した。
「父はこれより母と共に人となる。完全に創造主を降りたのだよ」
 徐々に重くなっていく空気にオロマティスの声が響き、妙な静けさを作りだした。
 誰もが同時に息を飲み込んだまま止めてしまったような静けさだ。彼の言葉を俄には信じられず、けれど否定するだけの材料もない。何より「約束」や「始まる」とは何を指しているのかが解らない。
 もっとも誰にとっても大きな疑問は、どうにか瑞姫の口だけはせっついた。
「降りたって……どういう事よ?! シルヴァステルが人間に? そんな事が」
「父は最初からその予定だった。だから代わりとなる者を設けようとしたのではないか」
 そんな事も解らないのかとオロマティスは侮蔑的な笑みを浮かべた。ただそれに瑞姫が腹を立てる前に、知らない光景が脳裏に浮かんできた。
「くっ……」
 強引な手段で送り込まれてくる光景は、オロマティスから声の主達へと送られ、それが瑞姫達にも伝わっているのだろう。
“勝手な……”
 思わず慧獅の後ろが呟く程に、見せられたのは身勝手な思いだった。

 シルヴァステルは何故自分が存在しているのかさえ判らない、ただ一つの意志だった。彼が求めていたのは自分と同じ存在で、言い換えるなら仲間を求めるが故に世界を作り続けていた。
 しかし何度創っても彼が求める存在は創り出せなかった。創った世界の中では創られた者達が同種の存在として悲喜を感じ、シルヴァステルは神でしかなかった。
 思い通りにならなかった世界を無に戻し、また一から世界を創り直しても、結果は変わらない。シルヴァステルは常に孤独を感じ続けるしかなかった。
 ある時ふと彼は気付いた。新たに創りだした世界で、自分ではない神を置けばどうなるだろうかと。創りだした大いなる神という存在の陰で、漸く彼は人として仲間に出会う事が叶った。
 しかしそれでは不十分だった。
 永遠に孤独の中で在り続けるよりも、人として循環に入ろうと考えても、この世界はシルヴァステルの思考によって成り立っている。シルヴァステルが消えれば、この世界も消える運命にあり、世界を固定させる存在が必要だった。

「じゃあ……ネルガル達は、単にシルヴァステルの代わりだったのかよ!」
 シルヴァステルがアタラントとの間に作ろうとしたのは、子ではなく自分の力を受け継がせる分身だったのだろう。自分が孤独から逃れる為に。
 けれどもその力は、創造物には受け止める事は不可能だった。アタラントは宿らされた力に耐えきれずに死を迎え、シルヴァステルは絶望して産まれ出たばかりの三人の存在を否定し、まだ外に出る前のもう一人と共にアタラントを葬った。
 とても親のする事ではないと晃司は激怒し、瑞姫や慧獅も表情を歪めている。
“我等がこの世界を維持しようと思う気持ちは――”
“父に与えられたからなのだろう”
 シルヴァステルに存在を否定され、世界に直接干渉する力を奪われても、三人は消え去る事は出来なかった理由がそれなのだろう。
 世界を維持させろという絶対的な存在意義だけが残り、それ故にシルヴァステルへの敵対者となった。
「そんな事あるわけ無いじゃない! シンもシェマスもこの世界が大好きなんだから! そうじゃなかったら誰が手を貸すもんか!!」
 あっさりと納得してしまう声に瑞姫は声を上げた。依り代として長い間共に生きて、様々な物事を共有してきたのだ。確かに考え方の違いはあっても、彼等がこの世界を大切に思っているのは、誰よりも知っている。
“瑞姫……。ありがとう”
 もしも此処に声の体があったなら、瑞姫を優しく抱き締めていただろう。そうした思いが声には宿され、だからこそ瑞姫も立っていられた。
 しかしそうした遣り取りは、全て声を聞き、過去を見られる者達だけが理解できる事だった。
 須庚とハーパーは彼等がどんな話を進めているのか、ほんの僅かにしか解らない。
――こんな時にこそ恒河沙が必要なのに!
 空気を読まずに質問を繰り出す事が出来るのは彼だけだと、須庚は話に加われない場所で悔しがっていた。ハーパーは須庚よりも若干想像の幅が広いだけで、シルヴァステルの件だけで終わらなかった状態に狼狽を隠せない。
 止まり掛けていた話を一歩前に進めたのは、落ち着きを取り戻した慧獅だった。
「シルヴァステルがその座を放棄したのは解った。しかし俺達がどうして戦わなくちゃならない。もう終わったんだ」
「終わっていない。この歪みを戻さねばならない」
「それが戦う事にどうして繋がるんだ!」
 実質半分になった瑞姫達の力は、オロマティス一人に対して劣性を極めていた。
 オロマティスは、戦う姿勢を持たない相手に対して、力を抜いている様子も見られる。それでも圧されるのだ。