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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 何処で呼ぼうが、それはソルティーの判断に任されている。出来ればシルヴァステルの前でとは契約の際に言ってはいたが、しかし簡単に人を消せる者を前にしては、危険極まりない事だとも言っていた。
 自分を殺した相手を見たい。その気持ちは瑞姫にも判るが、それは自分達を呼んだ後でも叶えられた筈だ。
 ソルティーは瑞姫の言葉を聞きながら体を起こす。そして、自分の横で動かない恒河沙を見た。
「少し、聞きたい事があったから……」
 ソルティーが意識を取り戻して一番に喜ぶはずの彼は、何も見ていない。何も聞こえていなかった。
 ソルティーを鍵とし、開け放たれた扉から現れた者達が前をすり抜けた瞬間から、恒河沙の意識は失われていたのだ。
“瑞姫!早く!”
「判ってるわよ! 何急いでんのよ!?」
 顔を向けていても意識はソルティーにあった瑞姫は、目の前のシルヴァステルの様子に変化が出た事に気付くのが遅れた。
“御父様っ、もう止めて下さいっ!! 御母様はこんな事を望んではいませんっ!!”
「……また来たのか」
 シルヴァステルは瞼を上げていた。
 ゆっくりと立ち上がり、瑞姫達の後ろに立つ者達に、憎しみの眼差しを向ける。
 それだけで慧獅は苦しそうに眉間に皺を刻んだ。
「何をしているんだ、ネルガルッ、クロノスッ!」
“しかし……”
「戸惑うなっ。彼奴はもうお前達の親じゃないっ!」
 慧獅達の力の源は姿を持たない者達にある。その彼等が怯んでいては、全力での防御はままならない。特に感情部分はシルヴァステルとの対峙に、完全に動揺していた。
“御父様、こんな事をして何になるんです。御母様はもういらっしゃらないのに……”
「お前達がアタラントの事を口に出すのは許さん」
“御父様っ!!”
「お前達が私の妻を殺したのだ。お前達が産まれてこなければ、アタラントは未来永劫私の妻で在り続けたものを。消えろ」
“キャアアアア”
「シェマスになにすんのよっっ!! 頭の中で叫ばれるとすっごくうるさいんだからねっ!」
 瑞姫の怒りに部屋の空気が変わる。
 シンの力が彼女に重なり、見えない力のうねりが彼女から溢れ、体を取り巻く。右手は固定されたまま、左手までシルヴァステルに向かう。
「もうろくじじいはさっさと消えちゃえっ!」
「異分子が」
 瑞姫から放たれた力にシルヴァステルは左手を前に上げた。
「なっ? 何い〜〜〜!?」
 風が体を突き抜ける感覚と共に、周囲を取り囲んでいた壁と天井が弾けた。石が砂になって消えたのである。
 須臾は現れた灰色の空を見上げた。
「慧獅! ちゃんと防御しなさいよ!」
「してるに決まってるだろ!」
“矢張り我等では無理なのだ”
「何さとってんのよ! どんな“マンガ”でも、最後は必ず正義が勝つのよっ!!」
 瑞姫が変な自信のある理屈を持ち出し、慧獅も参加する。
「そうだっ! “悟空”は“ブー”に勝った!」
「あれ、正義だったか?」
「正義だ!」
「正義よ!」
 二人同時に言い切り、晃司は珍しい事に肩を落とす。
「“フリーザ”とかだったら、正義なんだと思うけどな」
「あんた最後まで読んでないでしょ」
「あ……まあ……借りるの忘れてたからさ。そうか、正義だったのか。そんじゃあ、早く俺に出番作ってくれよ」
「やったろうじゃん!」
「今度最後の展開教えてやるよ」
「“サンキュ”んじゃ、マルドゥーク、イシュタル、二人に力を貸すぞ!」
“判った”
“命じてくれ”
 三人が奇妙な会話を続けている間も、確実に攻防は在るらしく、左右と前方の塔が少しずつ砂となって消えていく。
 魔法のように具現化された攻撃が何一つと存在しないだけに、この状況を見ているだけでも恐怖を煽られる。まだ目の前に業火がうねりを上げていたり、濁流が押し寄せてくる方がましだと思えた。
「あ……彼奴等、何者だよ……」
 何をしているのかも、何を言っているかも判らない。須庚は考えれば考えるだけ、頭が混乱する。其処に存在するだけで、圧迫を感じ、次に消されるのは自分達ではないかとも想像できるだけに堪らない。
 ハーパーにも視覚可能な戦いではなかったが、幾分かは須庚よりも感じる波動が大きかった。硬い皮膚に連続して力の波が押し寄せてくるのを感じていた。
 慧獅がソルティー達を中心に守りを固めていなければ、既に壁や天井と同じになっていただろう。しかしそれは、精霊の力ではない。別の、意思と言う特別の力では、その意思に創られた者は知る事も及ばない。
「ソルティー、これは……」
 この状況では自分達は何もする事はないと、須臾はやっと三人から目を離してソルティー達に近付いた。
「ソルティー……恒河沙?」
 体は元に戻っても、しっかりとした回復には至っていなかったのだろう。ソルティーは倒れたままで両手を握り締めていた。
 その傍らには何を見ているのか判らない恒河沙が立っていて、声を掛けても反応は無い。
「恒河沙……」
 よく見ると、恒河沙の口元には微かに笑みが見える。
 瞬間、見間違えだと思った。そんな酷薄な笑みを、彼がするとは思えない。
「ソルティー、此奴どうしたんだよ!?」
 須臾は異変を察知すると、理由を知っているだろうソルティーを、膝を着いて抱き起こしに掛かった。その時、空気を広範囲に震撼させる程の力と力のぶつかり合いがおき、此処に居る者達全員の体を大きな共鳴波が突き抜けていった。
「恒河沙!」
 一度だけぐらりと揺れた恒河沙は、体勢を立て直すと共に背を向けた。自分が放り出した大剣に向かい、ゆっくりと拾い上げた。
「約束の刻……」
 恒河沙が言った筈の言葉は、彼の声とは違っていた。いや、彼の声に別の男性の声が重なっているような、奇妙な声になっていた。
 大剣を持ち上げると、自分の正面に上を向けて掲げる。剣に目映い緑の光が宿り、柄に埋め込まれていた恒河沙の右の瞳が、かっと見開かれた。
「今がその時!」
 周りを緑の光が包み、開いた瞳は閉じられた。――完全に消えた。
“なっ!?”
 驚愕の言葉と共に、瑞姫達の間借り人の意識が恒河沙へと向いた。
「何やってんのよ!?」
 一気に力が失われた事に、瑞姫が叫ぶ。
“オロマティスッ!”
“どうして!?”
“矢張り間違いではなかったのね”
“知っていたのか?”
“知らなかった。けど、同じだと思っただけ”
“それを知っていると言うのだ! 何故教えなかった!”
“だって、彼はどう見ても、ただの少年にしか感じなかったから”
“それでも知らせるのが普通であろう”
「もううるさいって言ってるでしょーーーーーーーーーーーっっ!!」
 須臾やハーパーには瑞姫だけが煩い。
 それでも彼女が、自分達に見えない誰かと話をしているのだとは受け取れた。
「もういい加減こっちに意識戻しなさいよっ。ただでさえ圧されてるのに!」
“しかし!”
「聞く耳無し! 正義が負けるでしょ、正義がっ! 戻りなさいっ!!」
 瑞姫は言い切り、無理矢理自分達の間借り人を、強固な意志によって引き戻す。
 その後ろでは、恒河沙がゆっくりと大剣を降ろし、右手を眼帯に向けた。
「恒河沙! お前どうしたんだよ。ソルティー、一体何が起こってるんだよ!!」