刻の流狼第四部 カリスアル編【完】
三人登場の仕方もさることながら、彼等の服装も一種異様な装束である。少なくともそういう事に目敏い須庚も、一度も目にした事のない形をしていた。
瑞姫は紺色の変な襟をしたシャツに、矢張り大きな襟の下を通すだけという変な使い方をしているリボン。下は襞がいっぱいあるスカート。色は上と同じだ。晃司は黒の上下だが、動きにくそうな感じがする。慧獅に至っては、薄い緑色のシャツに同じ素材のズボン。そして上から羽織っている柔らかそうな白い上着。
瑞姫達の言葉では、それを「セーラー服と学ランとパジャマとカーディガン」と言う。どれも戦いには相応しいとは言えず、それでも三人には一番力を発揮できる服装である為に、全力を出す際にはこの服装となってしまうのだ。
勿論そんな彼等の事情を全く知らない者達には、何もかもが変すぎて二の足を踏む結果となる。
「何か前より男前になっちゃってるけど、シルヴァステル! “仏”の顔も三度までよっ!覚悟しなさいっ!!」
瑞姫流の啖呵に、晃司は頭を指先でぽりぽりと掻く。
「瑞姫、一応俺達は二度目だけど?」
「男の癖に細かいわねっ! こういう時に決め台詞を使わないで、何時使うのよっ!」
「へいへい……。んじゃ俺は防御に回るわ〜〜」
何とも気が抜けた声を返しながらも、表情は強張っていた。
それは瑞姫も同じで、右手をシルヴァステルに突き出し左手で支え、両足は弾き返されるのを必死に踏ん張っている。目を凝らせば、力を入れた両足が僅かに後ろへとずれていくのが見える。見えない力が確実に彼女を押していた。
既に戦いは始まっていたのだ。
「慧獅も早く丁寧!に終わらせてから、さっさと参加しなさいよっ!」
余裕はない、けれどもソルティーは気になる。とにかく忙しなく声を張る瑞姫は、再度後ろへと声だけを放った。
「俺、二十歳以上の男子お断りなんだけどな」
倒れたソルティーの脇に膝を着き、彼の首筋に手を当てていた慧獅が文句を垂れる。途端に殺気がぞわりと肌を撫でた。
「あはははは、ぶっころーす」
「“オーケーオーケー”確かに承っております瑞姫様」
軽口を言いつつも、慧獅もまた力を能力を全開にしていた。もっともソルティーの損傷が酷すぎて、形を戻すだけでも容易に進められない。
「ソルティ……治る?」
突然ソルティーから生えてきたへんてこりんな奴らに彼を任せたくないのが、正直な気持ちだった。――が、この「ケイシ」と呼ばれてた青年は、ソルティーに触れる直前に「助けるから」と真剣な目で言ってくれた。
今はそれに縋るしかない気持ちで恒河沙は、泣き腫らした顔にひたすら心配を浮かべていた。
「可愛い顔なのに勿体ない」
慧獅は恒河沙の顔をまじまじと見つめ、好色そうな笑みを浮かべた。
「今度俺とお茶しない?」
「けぇ〜いぃ〜しぃ〜〜〜。あたしの“マスコット”ちゃんに手を出さないでよね、この腐れ“ホモッ”!」
「“マスコットォ”? お前何人男侍らすつもりだ!」
「あんたよりも少ないわよ! そーれに、あーんたみーたいなね、不純同性交遊じゃないもん! あ、そだ、あっちの“ビジュアル”系にも手を出さないでよねっ!」
瑞姫の言葉に慧獅は周りを見渡し、そして須臾を見付けて溜息を吐いた。
「俺のは自由恋愛と呼ぶ。それと、お前の“ネーミングセンス”は最悪だ」
「何処がよっ!」
「自覚しろ、全部だ!」
口は延々喧嘩をしていたが、瑞姫の顔はシルヴァステルに向いたままだ。一瞬たりとも目を離さずに、手足の力は更に増している。
須臾達にさえ激しい攻防が在ると判るのは、瑞姫の突き出した腕や晃司の顔に、突然傷が生まれるからだ。
何の前触れもなく、皮膚が弾けて血が噴き出す。薄そうな服も肩が破れ、剥き出しになった肌には切り傷も作られていた。
晃司の方に傷が多いのも、彼等の話した通りに彼が防御しているからだろう。
「慧獅〜〜〜いい加減にしてくれよぉ〜〜。俺じゃあ防御しきれねぇんだよぉ〜〜」
防御能力の劣る晃司は、大柄な体格の割に根を上げるのが早い。
「終わったっ! じゃまたな、かわいこちゃん」
晃司の泣き言に反応したわけではないが、言うやいなや立ち上がって二人に駆けつけた。報酬とばかりに立ち上がり際に、恒河沙の頬に唇を掠めさせたのは見事な早業であった。
いつの間にかソルティーの脚は、元の膨らみを取り戻していた。
床に広がっていた血も肉片も跡形もなく消え失せ、足と一緒に潰されていた防具も治っていた。
誰も、慧獅がどんな事をしたのか、どういう風にソルティーの脚が戻ったのか、三人の奇天烈な口喧嘩に気を取られて見ていなかった。
「ソルティ〜〜」
恒河沙は、ソルティーの脚が戻った事に喜んで、慧獅が自分に何をしたかは、全く気が付いていない様だ。
しかし脚が治ってもソルティーが目を開ける気配はなく、それが余計に恒河沙の不安を狩り立たせる。
そんな事はお構いなしどころか、構う余裕の無くなった三人は、慧獅が晃司に右手を差し出している所だった。
「やり、んじゃ慧獅交代! 径を広げる!」
晃司は慧獅の手を叩き、一歩後ろへ後退した。
立ち止まった時にはどこから取り出したのか、右手に抜き身の短剣を握っていた。それを躊躇なく左手の平に突き刺して引き抜く。
「痛ぇぇっ!!」
当たり前の叫びが響き、当たり前ではない光景が広がった。
晃司の手から吹き出した血は床に落ちず、空に散って文字と記号を描き出す。それらが自ら動いて、無数の呪紋を構築し始めたのだ。描かれた呪紋はぐるぐると回り、同時に三人の足下に光が生じる。
「よーし、来い来い来い来い」
一際大きな呪紋が晃司の周囲を取り巻くように現れると、それは解けた帯のように広がり、一直線にソルティーへと向かった。その最中に鮮血色の呪紋は光になって消えていった。
「今なんか、あたしの“マスコット”ちゃんになんかしなかった?」
「んにゃ」
「ほんとに何もしてない?!」
「してねえよ」
晃司が径を広げている間に、前の二人はどうでも良い話を続けていた。鵜呑みに出来ない慧獅の返事に、瑞姫は思いっきり頬を膨らませるが、押し返される力のうねりに、直ぐに真剣な表情に戻った。
「おっし、開いた! 征けるぞお前等!」
三人の足下にあった光もいつの間にか消えていたが、晃司の声に弱さはない。
「それじゃあ本気出していくわよぉーー! おいでませぇっ!!」
「やっぱり“センス”最悪だ。来いっ!」
「どうでも良いじゃん。おっしゃ“カモーン”!」
「……お前も同類だ」
三人の呼び掛けに呼応するかのように、ソルティーの体が一瞬光った。――様に誰もが思ったが、何も無かった様にも思える瞬間だった。その瞬間にソルティーの体から、彼によって作られ、晃司によって広げられた径を通って、瑞姫達に宿る者達がそれぞれの体に向かった。
そして、ソルティーは目を開けた。
「ソルティー! どうしてこんなに成る前に呼ばなかったのよ!!」
ソルティーに背中を向けたまま瑞姫が叫ぶ。
作品名:刻の流狼第四部 カリスアル編【完】 作家名:へぐい