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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 彼が手に入れた体でも、その足が台座代わりにしている、父と母でもない。光と呼ぶにはあまりにも強すぎる存在にだけ、ソルティーは語りかけた。
「ちっぽけな創造物が、私に何の用が在る」
 体勢はそのままに、シルヴァステルは初めて口を開いた。言葉には、感じる総ての侮辱が込められていた。
「その創造物に封じられるのは、どんな気分だ。おとなしく眠り続けていれば良かったものを、私の国を滅ぼしただけに飽きたらず、この世界総てを枯渇させる事に、どんな意味が在ると言うんだ」
「意味。意味など存在しない。存在を許されているのは、私だけだ。私が許し、私が創造した世界だけ。私の許した世界はもう存在しないのだよ」
「ならば、貴方がこの世界に存在しなければ良い。貴方が存在しなくとも、この世界は存在し続ける事が出来る」
「クッ…ククッ――だから、創造物に自我を持たせるのは、後々面倒で困る。何度も失敗しているのに、どうしてか自我を創ってしまう。まあその分、創り始めた時は楽しくて仕方がない」
「ならばその楽しみだけを、永遠に繰り返していれば良い筈だ。どうして命を授けた世界を破壊しようとするんだ。破壊する者に、どうして命を授ける」
「楽しいからだよ。創る事も、破壊する事も楽しいから出来る。ククッ、まさにそれが、お前達が私の創造物の証明ではないか。戦を繰り返し、育んだモノを破壊する。そしてまた一から造り出す。私と同じだ」
「違うっ! ――なら、何故神を創り出した。人の心に安寧を植え付けた! 過去の貴方は違っていた筈ではないかっ!?」
 淀みなく続きそうだった二人の会話は、ソルティーの怒りに満ちた言葉によって変化が現れた。
 スッと阿河沙の目が細く形作られたのが、彼の感情を示す行為かどうかは定かではないが、初めて表情が現れたのは確かだろう。
「過去のカリスアルは恒久の平和を約束されていた。それは貴方が創り出し、貴方が願った世界ではなかったのか。総てが貴方の思い描く姿を見せたからこそ、貴方は貴方ではない神を創り出した。そうではなかったのですか?」
 ソルティーが口にしたのは、慧獅からもたらされた過去の姿だった。
 大陸を分かつ壁もなく、緑豊かな楽園が其処に存在していた。精霊と人が同じ世界で暮らし、誰に対しても揺るぎない恵みを与える、六つの理を司る神が居た。
 それが、シルヴァステル自身が望んだ姿と、晃司が言った。
「しかし貴方は、突如このカリスアルを壊そうとした。何もかも解き放つ支度をしておきながら、貴方が突然この世界を変えたっ! 創造主の気紛れと仰られるなら、何故貴方は神を創り出したのですか!」
 始まりから終わりまで、総てがシルヴァステルの掌の上で在ったのなら、納得も出来よう。創造主の怒りだと無理にでも考えよう。しかし彼は、創造主としての神である自分を放棄していた。
 神ではない者からもたらされた、突然の滅びの宣告。
 人は、抗わずにはいられなかった。
「気紛れではない。綻びと言うモノは、得てして完全だと信じたモノの内より生ずるモノだ。その綻びは、見付けた瞬間に正さねばならぬ」
 それが世界を崩壊させようとした原因だとシルヴァステルは告げ、ソルティーは首を振りながら「違う」と呟く。
「何が違う」
 シルヴァステルは、彼がしてきた行いからは想像できない程、饒舌にソルティーとのやり取りを続ける。
 それは何百年、何千年かぶりの退屈凌ぎかも知れないが、ソルティーはそれを、彼がまだ少しでも人に興味が在るからだと受け取った。
 自分が創り出し、眠っている間に盛衰を繰り返してきたちっぽけな創造物が何を言うのか。何を疑問に思っているのか。それをシルヴァステルは聞こうとしている。そうでなければ、彼がそのちっぽけな物の相手をする訳はない。
 此処まで自分を辿り着かせるはずがない。
 ソルティーはシルヴァステルに問われるまま、触れてはならない事実に、判っていて触れた。
「貴方が世界を滅ぼそうとした綻びは、貴方自身だ。たった一度失ったからと、どうして諦めてしまえるのですか」
 ソルティーは、ただ事実を述べるだけに感情は必要ではなかった。
 淡々と言葉にした瞬間、ソルティーの体は壁に吹き飛ばされた。
「ソルティーーーッッ!!」
 背中から壁に激突した衝撃は、その壁に無数の亀裂を作った。
 何かに押さえ付けられているかの様に、少しの間壁に貼り付いていたソルティーの体は、吹き飛ばされたのと同じように唐突に床へと落ちる。灰色の壁に、くっきりと塗られた鮮血の跡は、あまりにも酷かった。
 その間も、シルヴァステルは微動だにしていない。
 一言だけ「壁に」そう呟いただけだ。
「ハーパーッ放してっ! 放せよっ!!」
「う、うむ」
 ハーパーの腕の力が緩んだ途端、恒河沙はソルティーに一直線に走った。須臾もハーパーも直ぐに続いた。
「ソルティーッ!」
 恒河沙が壁に沿って倒れるソルティーの体を、抱き起こそうと腕を伸ばす。しかしその前に、ソルティーは自分の力で体を起こし、そして片腕で恒河沙を押しのけた。
「まだ…だ……」
「動いちゃ駄目だよっ!」
 この期に及んでまだ話を続けようとするソルティーの気が知れない。恒河沙は必死になって食らい付こうとした。
「恒河沙っ!!」
「――ッ!?」
 必死な思いで伸ばされる恒河沙の手を、ソルティーは怒声で止めた。
――戦って勝てる相手ではない。まだ、最後と決まった訳ではない。
 シルヴァステルの言葉によって押さえ付けられ、何本かの骨は折れている。しかし、まだ立つ事は出来る。
「シルヴァステル……、貴方にとってこの世界は一体、何だと言うんだ」
 王座へ向かって足を踏み出し、途中それを遮る須臾もソルティーは後ろへ下げる。
「アタラントだけが、貴方の創り出したかった世界だというのか」
「………」
「ーーーーーッッ!!」
 ソルティーは突然、上からの物凄い圧力に押さえ付けられ、膝を着いたその右足は不気味な音を鳴らし、見るも無惨に潰れていく。
「いやだーーーーーーーーっ!!!」
 押し潰されたソルティーの右の膝下に、悲鳴を上げたのは恒河沙だった。
 痛みを伴わない気味の悪い感触。灰色の床に広がった血液と、肉と骨の欠片。それでもソルティーの顔は、シルヴァステルだけに向いていた。
 ソルティーは、闇の中で蠢く強大な力の源に向かって、片足で立とうと両手を床に着ける。右脚の膝から下は、引きずられ、血の線を描く。
「やだっ、やだっ! 動いちゃやだぁっ!」
 シルヴァステルに向かい続けるソルティーを、恒河沙が無理矢理押さえ付ける。その後ろでは、須臾が蒼白になって両手を見つめていた。
――どうして、使えないの……。
 先刻からソルティーを助けようと、何度も精霊を呼び出そうとしたが、此処へ来るまで確かに居た筈の、精霊が一向に呼び出せなかった。ハーパーも同じだ。
 消えたわけではない。呼び出しに応えないだけだ。
「ちくしょう! お前絶対に許さないっ!!」
 怒りに紅潮した顔を阿河沙に向け、恒河沙は思わず床に投げ捨てていた大剣に手を伸ばすが、矢張りそれもソルティーに阻まれた。
「駄目だ…」
 恒河沙の手首を掴み、ソルティーは首を振る。
「どうして!!」