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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 口ごもって視線を彷徨わせる姿から、恒河沙がその事を思い出せた事は確かな様だ。
「……えっと、ごめん…なさい」
 暫く色々と考えたようだが、言い訳の言葉も思い浮かばなかったのだろう。最後には半泣きになりながら、たった一つだけ浮かんだ言葉を口にした。
 当然ソルティーが本気で怒っているはずもなく、狼狽え続ける恒河沙を途中から笑顔で見つめ、力を抜いた体を少しだけ彼に預けた。
「まあ良いよ。確かにお前から見れば私はおっさんだし、あの時はお前の嫌いな髭もあったしな。十二も違えば、確かに言い訳出来ない位おっさんだ」
「あ〜〜〜う〜〜ごめんなさい〜〜〜。ソルティーは〜若いですぅ〜〜」
「クク…良いよ、もう良いから。少し意地悪をしたかっただけだから」
 馬鹿な子ほど可愛い。その馬鹿の肩に顔を埋め、暫くその感触に浸る。
――手放せない須臾の気持ちは判るな。
 内気だったと言う恒河沙の子供時代は想像できないが、彼を護ってきた須臾の気持ちは痛いほど判る。
 周囲に影響されて少しずつ大人になっていく。そんな誰でも体験する事は、決して綺麗事ばかりではないし、受け入れたくない事も沢山ある。その逃れられない事を恒河沙心に持たないから、どうしても憧れるし羨んでしまう。
「ソルティー?」
 恒河沙の気持ちに引きずられなかったとは言えない。彼の真っ直ぐな瞳に応えてあげたいと、心の何処かで思っていた。
 拒絶できない影響力は確かに彼の中に在り、それに引き寄せられているのも確かな事だろう。
 しかし、今の気持ちには偽りはない。
「恒河沙と私の好きは同じだよ」
 気付き、認めてしまったのだ。
 喩え引きずられた結果であっても、辿り着いた結果が同じなら、違いがどれ程もない事に。
「でも、前に言った事は嘘じゃない。あの時はまだ、お前の言う好きとは別の好きだった。だけど今は、同じだよ。同じ意味で恒河沙を好きになった。これからはもう変わらない位に」
「俺も、ずっと変わらないよ。この先ずーーーーーーーーっとソルティーが好き」
「ありがとう…」
――ごめん、ずっと一緒に居られなくて、ごめん。お前に守れない約束ばかりをしてしまって、済まない。私が消えたら憎んでも構わない。だからそれまでは……。


 このまま時が止まれば、永久にこの旅が終わらなければ良いのに……。





 クハンの山越えは、ゲルクの一件以来これと言った問題はなく、順調に終わりを迎えた。
 その後は予定通りにツォレンへの道を、山脈を迂回しながら進んでいる。
 とは言え、全く何も無いと言うほどではなく、度々妖魔の襲撃はあった。ただしジェリほど苦戦する相手は現れず、執念深そうなゲルクは姿を現さない。
 阿河沙の事は誰の口からも昇る事はなくなった。
 無論忘れた訳ではなく、漠然としたこれからの事を誰も言えなかっただけである。


 ツォレンに入国する前に立ち寄った街が在る。
 名はカミオラ。
 その街の入り口で、一行は予期せぬ物を目の当たりにした。
 街の入り口には二体の銅像が建てられ、それが街の象徴でもあった。銅像は同じ人物を象り、その台座には一行がなんとか頭から払拭させたい者の名が刻まれていた。
 しかも、その名前の上に刻まれた銘は、その場に全員を崩れ落ちさせるには充分な程、巫山戯ていた。

【カミオラより発祥の勇者 アガシャ】

 と、もう片方には。

【我等が勇者 此処より旅立つ!!】

 銅像の出来は立派すぎる程立派だが、どうもこの感覚が理解出来ない。
 そしてもう一度気を取り直して周りを見渡した一行の目に飛び込んだのは、街の入り口に上に掲げられた大きな看板。

【ようこそ!! 勇者アガシャの街カミオラへ!】

「なんなんだぁ〜〜〜っ!?」
 まるで観光名所の様な扱い方に須臾は頭を抱えて、どんよりとした曇り空に悲嘆の声を響かせるのだった。



「カミオラ名物、阿河沙印のマルニスはいまいち、阿河沙印のオキアはそこそこ。それと、阿河沙印のツツエイ……、須臾、これ結構美味しいぞ」
「阿河沙が…阿河沙が…どうして名物にまで顔を並べて居るんだぁーーーっ!!」
 完璧な鬱状態で宿に辿り着いた須庚に、追い打ちを掛ける土産物を並べた陳列棚。
 恋敵であってもと男として密かに憧れていた者の、余りにもあんまりな扱われ方に、須臾は築き上げてきた物をぶち壊され、再度もんどり打って倒れた。
 そんな須臾をソルティーが引きずって部屋まで送り届け、恒河沙は試食でお気に召したツツエイを、お小遣いで五箱程購入してから後を追う。
 その後ろをミルナリスも何故かふらふらになって追い掛けた。
――お労しい姿に……うぅ……。



 カミオラは、鍛冶場を中心にした産業の街である。
 街の所々から煙を上げ、街の空気は他よりも暖かだった。
 宿の部屋に須臾を運びはしたが、彼が正気を取り戻すまでには時間が掛かりそうで、ソルティーは恒河沙を連れて街に出た。以前約束していた短剣を買うのがその理由だ。
 今までに何軒か当たっては見たものの、あまり質の良い物は見付けられず、クハンの武器屋で聞いた「鍛冶場街のカミオラなら」との言葉に期待していた。
 紫翠大陸でも武具類の専門家である傭兵が集まる奔霞、それも傭兵団の在る簸蹟で目を養っていた恒河沙の気に入る物は、そう易々と見付からない。同時に此処に来て、恒河沙が普通以上に武器関係に精通しているのをソルティーは知った。
「あのな、おっちゃん達の話って、これとお姉ちゃんの話しかしないんだ。俺、お姉ちゃんの話聞いても楽しくないから、これの話ばっかりしてた」
 これと言うのは、恒河沙が手にした短剣の事だ。
 使い心地の良さそうな柄を何度も握り直しながら、その鮮やかな手捌きでソルティーを唸らせる。
「そう言えばソルティーって、短剣とかあんまり使わないな」
「実はあまりそっちは得意ではないんだ。手先があまり器用ではないから、どうしても使い慣れている方を優先させてしまう」
「ふ〜ん、俺教えようか? 結構簡単だよ」
 そう言って恒河沙は短剣を回しながら放り投げて、その刃先を二本の指で受け止めた。
「お前ほど器用なら良いが、私がすると覚える前に指が無くなるよ」
「あら、ソルティーの指は器用ですわ。この指で私は何回も……」
「ミルナリスっ!」
 ソルティーの手にうっとりと頬ずりをするミルナリスに、ソルティーは青ざめてその手を自分の胸まで非難させる。
 ちゃっかりミルナリスも買い物に便乗していたが、野蛮な武器には興味がないと話には参加していなかった。
「……酷いですわ、折角私が、貴方の器用さを証明して差し上げようと思いましたのに」
 熱の隠った瞳をソルティーに向け、自分の指を淫らに舐める姿は、とても子供の外見を差し引いても妖艶だった。
 そんな場所を選ばない彼女に、ソルティーは視線を虚ろに彷徨わせる。
 二人きりの時ならまだ良いが、こんな店の中、それも恒河沙の居る前で、こんな仕種を見せられたくない。
「止めてくれ…」
 何を言っているのだろうと疑問を浮かべる恒河沙の視線を受けて、なんとかソルティーはそう言う事が出来たが、素直に聞き入れてくれる相手ではない。