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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 このまま恒河沙を連れて旅を続けても許されるのか、彼の父親を敵として見て良いのか。その答えがどうしても躊躇う心の中に犇めいている。
 折角手に入れた者を、こんな事で手放したくないと思うのは、罪なのだろうか。
「恒河沙、少し向こうで話をしないか」
 傍らに寄り添う恒河沙に小さな声でそう言い、彼が返事をする前に立ち上がった。
 誰も二人に声を掛けない。
 当事者としての問題に口は挟めなかった。
「ソルティ……」
 前と同じ様に焚き火が小さくなるまで距離を置き、岩壁に背中を凭れさせて立ったソルティーの前に、恒河沙も彼を見上げる様に立つ。
「正直な気持ちを教えて欲しい。お前はこれからどうする?」
「どうするって、ソルティーと一緒に行くぞ」
 恒河沙はソルティーの腕を掴んだままの指に力を込めて、はっきりと胸の内を言葉に代えた。
「お前の父親なんだよ? 肉親が争う事は避けたい」
「でも俺決めたもん。ずっとずうっと、ソルティーと一緒に居るって、そう決めたんだ。それに親父なんて知らないし、会った事無いし、話した事もないから、そんな奴どうなっても良い」
「恒河沙……」
「それにそれに、ソルティーの敵は俺の敵だ。親父だろうが、誰だろうが、ソルティーに悪い事する奴は俺が許さない」
 そう宣言し、恒河沙はソルティーから指を放し、両腕で彼を抱き締めた。
「だから、一緒に行かせて欲しい。俺、絶対にソルティーの敵にならないから、ずっとソルティーの味方で居るから、一緒に居させて」
「良いのか? 辛くなるかも知れないよ?」
「それでも、ソルティーの傍に居れない方が、もっと、もっおーーーーーーーっと、辛くて悲しくて恐くて気持ち悪くて不安で、ええっと、それで、そんで、いっぱい滅茶苦茶すっごく嫌だっ!」
 背伸びをしてもソルティーの胸にしか来ない頭を思いっきり擦り付けて、貧困な言葉を思いつく限り並べ、最後に「判った?」と言いたげな表情を作ってから彼を見上げた。
 その顔はソルティーの目にはハッキリとは映らなかったが、それでも一杯の気持ちは伝わった。
 恒河沙の背中に腕を回し、小さな体を腕の中に納める。
「嬉しいな、そんな風に言って貰えて」
「えへへ」
 恒河沙には見えるソルティーの微笑みが、彼の嬉しいよりもっと嬉しくて、腕の力が抜けなくなる。
「でも、本当にこれからどうなるか私も判らないから、もし……、もしも何かが在ったら、その時は一人で考えずに教えて貰えないか」
「無いけど、あったらそうする」
 余程の自信なのか、それとも単にこれから先の事など何も考えていないのか、兎に角恒河沙はそう言うと、またソルティーの胸に顔を埋めた。
 肩幅の広さや、厚い胸板や、高い身長には憧れる。しかし自分がそうなると、どうもこうして貰えない様な気がして、近頃の恒河沙はちびで良いかと考えている。
――気持ちいいかも……。
 須臾にだって今までこうされた事は一度や二度ではない。けれど、その時にはどきどきは感じなかった。
「ソルティ…」
「ん?」
「あのな、ソルティーとこうしてると、どきどきするんだ。なんかふわふわするし、頭の中もくらくらするし、体はぽかぽかもするし、俺、気持ちいいんだけど、なんか病気なのかな?」
 無邪気で無防備な質問をぶつけられたソルティーは固まった。
――どうしてそうお前は……。押し倒しても文句は言わせないぞ!
 何も知らないふりをしてそばに寄ってくる女よりも、本当に何も知らずに、しかし確実に男として可愛い等と感じてしまう台詞を並べられるのは始末が悪い。
 しかも最近の恒河沙は、妙に可愛く感じてしまっていた。
 以前なら気にもしなかった(身長差の所為の)上目遣いの視線や、(未だに言葉を覚えていない所為の)舌足らずな言葉遣いに、かなりグッと来る物が在った。
 もっとも須臾と約束を反故にする気はなく、自分で理性を保つしかない。
 だがかなりの苦行に感じるのは、彼自身が思っている以上に道徳観念が在る様で全く無かったからだろう。
――どうしてお前なんかを好きになったんだ。
 今更の後悔を胸に、ソルティーはなけなしの良心と理性と自制を掻き集めた。
「病気ではないよ。前に言っただろ、人を好きになったら体がそう教えてくれるって。どきどきはその証拠」
「あ、そうか。だからソルティーと居る時しかなんないんだな。……だったら、ソルティーも俺と居るとどきどきする?」
 そう言って確かめる様に耳を当てる。
――お前は女の子か……。
 そんな泣きが入りつつあるソルティーを知らずに、恒河沙は耳を離して嬉しそうにソルティーを見上げた。
「ソルティーもどきどきだぁ〜〜」
「そうだろうね、お前が好きだから……ハハ」
 力無い笑みを見せるソルティーに、恒河沙は暫くすると小首を傾げた。
「でも、ソルティーと俺の好きは違うんだろ? だったらどうしておんなじどきどきになるんだ?」
――………そうか、そう言ったのに。
 言われたままを鵜呑みにし、考えても答えの出せない事は消去する恒河沙でも、一応この事だけは気になる事だったようだ。
 ソルティーのあの時の言葉には偽りはない。自分が気付いていなかっただけかも知れないが、感情の違いは確かに在った。
「どうして?」
――どうこの直線馬鹿(どこまでも馬鹿)に説明すれば……。
 世の摂理を説くのとは訳が違う。しかも恋愛に決まった事など在りはしない。普通はこうだと言ったとしても、知ると感じるは大きく違う。
 当たり障りのない事柄からソルティーは考え、それらを悉く排除していき、最後に導き出したは恒河沙に考えさせる事だった。
「恒河沙は、何時から私の事が好き?」
「いつ? ……う〜〜んとな、初めてどきどきしたのはミルナリスと丘に行った時。ソルティーがぎゅってしてくれた時。……あ、でも、目の事約束した時もどきどきだった。………ん? ……でも…」
「でも?」
「名前」
 思い出した様に言葉にする恒河沙にソルティーは首を傾げた。
「幕厳のおっちゃんの店で、名前を交換した時。すっごくすっごく嬉しかった。それ見ると、ずっとずっとどきどきした。だから……」
「だから?」
「多分、違うかな? 絶対だよな、うん、ソルティーの事初めっから好き」
 だんだん遡って思い出す自分の気持ち。原点は出会った時からだと恒河沙辿り着いて、ほっとしながら喜んだ。――が、ほっとも納得も出来ないのはソルティーだ。
 彼の思惑では人の感情は移り変わっていくのだよ、と言う論理に辿り着きたかったのだ。相変わらず彼の思惑は、徹底的に恒河沙には通じない。
 だがある意味ではかなり嬉しい発言の筈が、ソルティーは非常に不満げな表情を浮かべた。
「お前、初めっからって…。人の事を散々『おっさん』呼ばわりしておきながら、そう言うか? しかも若作りとまで言ったんだぞ?」
 恐らく初めて顔を合わせた頃の事は、ソルティーの方が心に残している。かなり根深い痛手として。
 それ故に、二度と『おっさん』と呼ばれない為に努力をしてきた。そんな陰の努力を恒河沙は木っ端微塵にしてくれたのである。流石にこれには悠長に笑っていられなかった。
「……えっと…、えっと…それは…」