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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 恒河沙達の目の前で、シャリノの掌にぽっと光がうまれる。それはシャリノの額に汗が流れる度に膨れ、後ろで同じようにベリザが作り出した光と重なり、三人を包み込んだ。
「頑張れよ。行ぃけえーーーーーッ!!」
 シャリノの掛け声と共に、光は目映く輝き一気に凝縮した。
 シャリノとベリザの突き出した腕が、風壁へと向かって力強く振られる。腕に掛かる負荷は、巨大な鉄球をぶら下げているように感じられた。
 弾かれる様に三人を包んだ光は風壁へ向かって一直線に飛び、途中の土を舞い上がらせた。
「越えろッ!」
 シャリノの掛け声に呼応する様に、光は風壁に直撃する前に弾けて消えた。
 それが成功かどうかは、跳ばされた三人だけしか判らないが、シャリノはほっと胸を撫で下ろして腕を下げる。そして、地面に倒れた。
「シャリノ」
 ベリザが駆け寄り、シャリノを抱き起こす。疲弊した顔を覗き込むと、うっすら目を開けた。
「シャリノ、大丈夫か」
「かっこわるぅ〜〜」
 何がどう格好が悪いのか、顔を顰めたシャリノにベリザは表情無く困惑した。
「普通こういう話だと、俺は死ぬだろ。先に進まなければならない奴等を送って死ぬ。そんな格好良い死に方が用意されてる筈だろうが、俺みたいな良い男にはよ!」
 本気なのか冗談なのか区別出来ない言葉に、多少の本音が見え隠れする。
 シャリノはある意味、死んでも良いと思って此処へ来た。ソルティー達の為にどうとかは考えていないが、そうなってもおかしくない事に首を突っ込んでいると思っていた。その為の心積もりもしてきた。
 自分らしい死に方だと思う事にしたのに、結局、滅茶苦茶疲れただけに終わった事が、なんとなく悔しかったし、格好が付かない事ように思う。
 体に掛かっていた負荷は、三人を跳ばした瞬間消えた。大きな役割を担う為に自分は生かされてきたような気がしていただけに、これだという仕事を終わらせても何も変わらなかったのが、これまた酷く残念だった。
「シャリノ死ぬと、ミシャール悲しむ」
 子供じみた願望満載の愚痴を聞かされたベリザは、心の内を読ませない口振りで語っても、シャリノは口を歪めるばかりである。
「へいへい、判ってますよ。しかーし、お前はちっとは悲しめよ、俺が居る間は、ミシャールに指一本出させねぇからな」
「…………出す。何時か、ミシャール取り返す」
 珍しいベリザの反抗の言葉に、シャリノの眉が吊り上がった。ベリザの腕から離れ、足を広げて立ち上がる。
「取り返すだと!? 何時あいつがお前のだった時が在るって言うんだっ!! ああ、それとも何か? あの時の約束の事か? あれは無効だ無効!」
 先刻の疲れが嘘の様に、シャリノは大声で言い募り、ベリザに怒りに震える指先を突き付けた。
 妹馬鹿も此処まで来れば見事だ。
「良いか! 俺の妹に手ぇ出したら、ぶっ殺す!!」
「良かった。シャリノ元気」
「…………」
 填められた事に言葉を失って、ベリザを睨む。何を言っても、本心かどうかの聞き分け見分けが出来ないのが、無性に悔しい。何より妹の事を出されて、簡単に反応してしまったも、猛烈に恥ずかしかった。
 ベリザは感情が全く無い訳じゃない。表現出来なくなっているだけだ。
 だからミシャールがシャリノにばかり向いているのを見て、何も思わない事は無い。ミシャールを好きと言うのが、彼の感情が生きている証拠だ。
 それなのにベリザは何時も、シャリノに気を使って暮らしている。シャリノの気持ちも、ミシャールの気持ちも大切に尊重し、我慢に我慢を重ねているのだ。
 そんな事は承知している筈なのに、どうしてもベリザを出し抜こうと必死になる。それが多少なりとも感じている、男としての嫉妬だと考えると、シャリノは年上として情けなくなった。
――あ〜あ、これでも兄貴かよ。ったく。
 シャリノは髪を掻き上げ、なんとか体裁を取り繕おうとした。
「帰るぞ」
 一言だけで終わらしたのは、今の事で崩れてしまった威厳を取り戻す為。
 ベリザは何も言わずに立ち上がり、シャリノが触れるのを待った。置き去りにされると、露ほども思っていない様子に、シャリノは腹立ち紛れに、彼の脚を思いっきりひっぱたいて跳ばした。
 そして自分も直ぐに消える。
 後は関係ない、他人の話だ。


episode.40 fin