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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「ひぃぃぃいっ!! ……あっぶないなぁ。もうハーパー、無茶しないでよ!」
「済まぬ。――主、これでは」
 ハーパーは自分の翼で礫から庇っていたソルティーへと顔を向けると、小さく横に顔を振る仕草が返された。
「強引には無理だろうな」
「だろうなって、そんな簡単に言わずに一緒に考えてよ」
「簡単に入れる結界では意味がない」
 自分しか入れないというのは、もう何度も言っている事だ。あえて此処でもう一度それを告げる気にはならなかったが、須庚には出す前に消した言葉は聞こえていた。
 ソルティーは無論最後は自分一人で中に入るつもりでいる。ただ他に何か方法を知っていれば、恐らく今の心境で隠しはしない。仲間を犠牲にしたくないのと、最後まで仲間と共に戦いたいと、気持ちを二つにするのは悪いとも思えなかった。
 須庚は空にまで届く風壁を忌々しい気持ちで見上げた。
――こんな結界、見た事も聞いた事もない……。
 血の契約によって強大な魔法を扱えても、全く上限や制限がないわけではない。殆どが一代限りの契約しか行えず、高位精霊の全てがそれに従うとも限らなかった。須庚の一族は異例であり、子孫までにも及ぶ契約をしていた。
 須庚はそれを勝手だと疎ましく思っていたが、今にして思えば、そんな無茶をしなければならないだけの理由と、その高位の精霊達に契約を行わせるだけの情勢が、殲術師一代目の時代にあったのだと、想像を絶する結界の姿に思いを馳せた。
 結界というものの原理は、本来なら魔法という理の力の作用によって作り出される物である。よって全ての力を飲み込んでしまう風壁と共にありながら侵蝕されない結界など、本来なら考えられる話ではないのだ。
――これまでに大概変なの見てきたけど、これは比じゃない。
 まだ近付いて調べはしていなくとも、解呪可能かどうかは容易に想像出来た。
 目の前の結界は、確かに呪界を成立させる結界が敷かれている。だが、従来なら呪界を成立させるために必要な、魔法の力を感じないのだ。
 四大精霊の力を用いない結界は、人の世界には存在しない。人知の及ばない現象を算えれば切りがないと知っていても、この結界は凌駕している。
「ソルティー、とにかくもう少し近くに行って調べたいんだけど」
 考え倦ねた結果、無理を承知で須庚は切り出した。
 この状態に見切りをつけてさっさとソルティーが行かないようにと、そんな算段もあった。
 しかし問い掛けた須庚の耳にソルティーの返事が聞こえる前に、ハーパーの出した驚きの声が届いた。
「主ッ!」
 ハーパーの突然上げた声に、ソルティーと須庚は視線の先へと同時に顔を向けた。
 恒河沙は三人が話している間に風壁に向かって、ずんずんと歩いていたのだ。何を考えているのかを問質さなくても、彼が何をしようとしているのか三人の頭にざっと浮かぶ。
 走り出したのはソルティーが早かった。その後ろに須臾が続き、ハーパーですら体が動いていた。
「恒河沙っ!?」
 須臾の叫び声に振り向かず、恒河沙は風壁に手を上げた。
「――ッ!」
 恒河沙の手が灰色の壁に触れようとした瞬間火花が弾け、彼の体は強い力で吹き飛ばされた。
 大剣を留めていたベルトが千切れ、乾いた大地に剣が突き刺さる。その後で地面に叩き付けられる恒河沙の体を、ソルティーが抱き留める。だが反動を抑える事は出来ずに、背後にいた須臾を巻き込んで地面に叩き付けられた。
「痛ったぁ〜〜」
 一番下になった須臾が呻き、その上に乗る形となったソルティーが恒河沙を抱いたまま素早く退く。
 恒河沙は自分に起きた事が直ぐに理解出来なかったらしく、何度も目を瞬かせるだけだ。
「ソルティ……指痛い……ってぇ」
 壁と触れた指先は、軽い火傷をしたみたいにひりひりした。
 それ以外に怪我らしい怪我は一つもないらしくソルティーを安堵させたが、指先を見つめる恒河沙の頭を、起き上がった須臾が拳で殴る。心配を経由した怒りには、容赦はなかった。
「なんて無茶するんだよっ! 弾き飛ばされるだけで済んで良かったけど、そうじゃなかったらどうするんだよっ!」
 石や岩で試していても、無機物と有機物とでは反応が違う魔法はある。
 しかも結界と風壁には目に見える境目は確認出来ず、もしも恒河沙が触れた場所が風壁だったならという危険を考えると、須庚は目を瞑れなかった。
「でも……」
「でもじゃない!」
 もう一度強く殴られ恒河沙は、やっと深刻さに気付いて肩を落とした。
「まったくもう、呆れる位馬鹿なんだから。ああいうのは最後の手段なの!」
「ごめん……」
 一応恒河沙なりの行動力だったのだが、結果が伴わなければ、ただの無謀としか言えない。
 殴られた頭を撫でながら一頻り反省する恒河沙に対しては、一端溜飲を下してみたものの須臾は頭を抱えざるを得なかった。
――どうするんだよ、マジで通れないでやんの。
 考え無しの恒河沙の行動ではあったものの、奇しくも強硬手段が無理だと判ってしまった。
 この地に精霊を呼び出せるなら、もしかすると何らかの情報が得られるかも知れないが、精霊でなくてもこの場所に彼等に必要な力が皆無だと感じられる。眠らせている宝玉の中から呼び出せば、たちどころに彼等の命は奪われてしまうだろう。
――どこかの街に戻って一回立て直すにしても……。
 ソルティーの体は跳躍に耐えられず、何より彼に残っている時間がどれだけあるのか。
「ソルティー?」
 見た事がないくらい深刻な顔を浮かべている須庚から、後ろで自分を支えているソルティーに恒河沙は振り仰ぎ、どこかほっとしている彼に首を傾げた。
「私が試してみる」
 黙ったまま風壁を見つめていたソルティーが言った時には、真っ先に須庚の表情が険しくなった。ハーパーが須庚の危惧を代わりに行動へ移すように、風壁とソルティーの間へと足を向ける。
 二人がソルティー一人で行こうとしていると考えているのは手に取るように明らかで、そうした牽制にソルティーは首を振った。
「試すだけだ。私もこれがどういう仕組みになっているのか、実際には知らない」
 入り方は知っている事は口にせず、しかし彼は腰からローダーを一振り外すと、それを立ち塞がろうとしていたハーパーに預けた。
「須庚、来てくれ」
「俺も!」
「お前はさっき無茶したから駄目だ」
 尤もな理由を付けてから恒河沙もハーパーに任せ、後ろに下がるように命じてから須庚と二人で風壁に向かう。恒河沙は平気で近付いていったが、近付けば近付くほど肌に無数の小さな針を押し当てられるような緊張感が増してきた。須庚の表情は一層険しくなり、ソルティーにもまた違った強張りがあった。
「なんか目眩がしそうだよ」
 触れられるほど近くまで来ると、見上げるとどこまでも果てのない灰色の壁が、今にも瓦解して自分達に襲いかかってきそうな気がする。
 須庚が恐ろしい想像に肌を粟立たせていると、隣ではソルティーが右手を風壁に伸ばしていた。
「まさか触るつもり?!」
「他に無いだろ。――大丈夫、まだ入れない」
「え?」