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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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 掌に乗る程の小さな光が、淡い乳白色の輝きを放って大きく弾けた瞬間、別の形を形成する。
 現れたのは長身の細身の女性。
 痩せた体を薄い布で隠す程度で、白い髪は短く逆立つ様に上へと向かっている。顔付きは彼女の性格を現すかの様に鋭く、薄い唇は内面の不機嫌さを醸し出していた。
 そして徐に腕を組み、苛立たしげに指先を小刻みに動かした。
【なんて奴なの、私の殻をこじ開けて入って来るなんて】
 先程ミルナリスに語っていた声とは全く違う、感情を露わにした声には、鋭い棘が感じられる。
【クシャスラ、居るのでしょ。あれは何】
 サティロスが語りかけるその場所に、突然薄紫のローブを頭から被った者が現れたのは、彼女が問い掛けの意思を示した直後だった。
 クシャスラと呼ばれた者は、顔の上半分までをローブで包み隠して、垣間見える口元だけに女性的な柔らかな微笑みを見せている。
 その彼女の手には、実に奇妙な蔦が複雑に絡み合う形をした杖が握られていた。
【何なの】
 サティロスは疑問を断定的な言葉で表し、挑発的な表情を浮かべる。
【何なのと言われても、彼女は私の管轄に入ってないわ。オロマティスのお人形さんだもの、死者でも生者でもないから、私には判らないわ】
 棘のあるサティロスに対して、クシャスラはおっとりとした口調で、ゆっくりと話す。彼女の口調は、感情的にならないと言うよりも、感情そのものを抑制した淡々とした感じを与える。
 その話を聞くサティロスの指の動きは、徐々に速さを増していった。
【貴女の所には行ったの】
【いいえ。でも、来ると思うけど、どうして?】
【あれの頼みを受けるのかどうかよ】
 早口で捲し立てるサティロスに、クシャスラは首を僅かに傾げた。
【どうして? 私も貴女と同じよ。御父様の横暴な振る舞いは、お止めしたいのも】
 その言葉にサティロスは顔付きを更に鋭くした。
 どうやら彼女の様子からは、ミルナリスに協力の約束をした事を、あまり快くは思っていないらしい。
 クシャスラはその彼女にまた首を傾げて見せた。
【嫌なの? どうして?】
【私があれに力を貸すのは、私の子供達を、むざむざと御父様に殺させてしまったから。その責任からよ。しかし、あの男が関わる事と言うのが気に入らない】
 苛立ちをそのまま言葉にする彼女に、クシャスラは困った様に手を頬に当てた。
【仕方ないわ、御父様をお諫め出来るのは、オロマティスだけですもの。でも、オロマティスは動けないし】
【動けないではなく、動かないの間違いではなくて】
【動けないの。それは間違いなく、一瞬もあの場から離れられないの。少なくとも、まだ今は】
 ローブに顔の半分を隠している彼女の表情は、口元だけを見れば、心持ち楽しそうに見えた。
【会ったみたいね】
【ええ。会ったとは違うけれど、少し用があったから、ウォスマナスと】
 クシャスラはまるで秘め事の様に語り、サティロスは組んでいた腕を解き、荒く髪を掻き上げた。
【まあ良いわ。私が危惧するのは、御父様を諫めた後よ。あの男がその後どう動くかよ。私はあの男が信用できない】
 吐き捨てる様に言い切り、自分の様に事を重要視していないクシャスラに、視線で同様の意見を求めたが、彼女の方は矢張り落ち着いたままだ。
【オロマティスが御父様に成り代わろうとしていると思うの?】
【少なくとも、あの男が動き出せば、私達ではどうする事も出来ない相手となるわ。あの男が動けない現状で、やっと保たれている均衡が崩れてしまう恐れは大きい】
【でも今は、御父様の事が最優先よ。オロマティスが何を考えているかは、まだ私達には判らないもの】
 想像の域を出ない事よりも、まず目先の問題をとする意見に、サティロスは口を閉ざした。
 クシャスラは気が急いている様子のサティロスに一歩だけ近寄り、手に持っていた杖をほんの少しだけ傾けた。それと同時に、周りの空間の揺らめきがなくなり、澄んだ気配だけが二人を包んだ。
【貴女はまだ完全ではないのよ。今度の事もあまり無理はしないで。責任は私達全員に在るのだから、貴女やウォスマナスの分も私やツァラトストゥラが力を与えるわ。焦る気持ちは判るけれど、まずは自分の事を考えて】
 優しさの感じられる言葉に、サティロスは僅かな時間だったが、返事をするまでに躊躇いを見せた。
 それは疑いからではなく、その身に刻まれた力関係に付随する。
 彼女達が対等であった世界は遙か昔に失われていた。今の現実は、クシャスラの言葉に逆らう事は、傷付いたサティロスには不可能だった。
 出来る事なら誰にも頼りたくはない。しかしその強い思いとは裏腹に、己の力場すら満足に構成出来ない状態だ。
 クシャスラの言葉に甘んじるのは、己の弱さを認める事と同じ事。
 それがたまらなく悔しかった。
【判ったわ】
 そう吐き出したサティロスは、クシャスラの前で元の光だけの姿に戻った。
【貴女には感謝するわ。貴女とオレアディスが居なければ、私は……】
 自分達が父と呼ぶ者に消されていた。
 今でもサティロスの半分はその者に抑えられ、クシャスラに護られなければ存在する事もままならない。
【私にウォスマナスの様な力が在れば】
 まだ他者の力を借りなくても良かった筈だった。
 同じ危機を背負いながらも違った結末に、サティロスは永劫の罪を背負う。
【もう良いの。さあ、眠って。ほんの僅かな刻だけど、その刻まで静かに眠って】
 クシャスラの穏やかな言葉に併せ光は小さくなり、その光をクシャスラは手に乗せると、緩く吐息を吹きかける。
 サティロスはその息吹に包まれ、程なく眠りに就いた。
【御父様をお止め出来なかったのは、私達。貴女一人が背負う事ではないわ】
 消えそうな光を胸にクシャスラは気休めの言葉を使う。
 あの日の出来事は、誰にも止められなかった。
 人に神と崇められる者だとしても、所詮は創られし神の彼女達には、抗う術は用意されてはいない。
【御父様も早くお眠り下さい】
 クシャスラは此処には居ない者に語りかける様に呟くと、杖を僅かに持ち上げ、そして降ろした。
 杖の先が元の場所に戻る時、杖や杖を持つ者、そして杖の在った空間が消えた。





 ミシャールがシャリノに呼ばれて彼の部屋に赴いたのは、ミルナリスが彼の元を去ってから暫くしてからだった。
 部屋に入った彼女が始めに感じたのは、兄の様子が普段よりも随分と緊張している事だった。
「お兄ちゃん?」
 ソファーに座ったシャリノに手招かれるまま、彼の横に腰掛けると、小さく細い腕に抱き寄せられた。
「なあ、ベリザの事をどう思ってる?」
「ど、どうって……、仲間……だよ。うん、ベリザは仲間」
 子供の体に頭を抱えられ、若干苦しい体勢だったが、そんな事はどうでもよくなる質問に、ミシャールは内心慌てた。
「なんでそんな事急に聞くのよ。どうしたの?」
 シャリノの顔を見たいのに、しっかりと抱えられて顔を動かす事も出来ない。
 だからだろうか、妙な不安がミシャールの胸に過ぎる。
「ん〜、お前もいい年だし、兄ちゃんから見てもいい女になったし、そろそろ色々と考えた方が良いのかなって思ってな」
「お兄ちゃん……」