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刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

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「馬鹿だから、他に言い訳が出来ないんだ。世界で一番の大馬鹿だから、もう二度と言葉を翻したりしない決断をしたんだ」
「嘘だ……、ソルティー、強いもん。誰にも負けないくらい、強いんだからな!」
 そう信じて疑わない恒河沙に須臾は真剣な顔で首を振った。
「あいつが相手にしようとしている奴は、僕達の想像も出来ない様な奴だ。……あいつは始めから勝つ気で行くんじゃない。最初っから、死にに行く気なんだ」
「嘘だ! だって約束したんだ、旅が終わったら二人でまた旅をしようって。ずっと、ずっと一緒に居るって、約束したんだ。一杯約束したんだ!」
「それでもだっ!」
「ッ?! 須臾……」
 自分よりも苦しそうな瞳を浮かべる須臾に、恒河沙は言葉を飲んだ。
 普段は軽口ばかりを口にして、決して悲しみや苦しみを表さない彼だが、人の死にだけはそうではない。
 彼の生い立ちがそうさせている。
 傭兵仲間の死を前に、言葉無く辛苦を眼差しに込める姿を知っているからこそ、恒河沙は聞かされた話がもう否定できないと知らされてしまう。
「なあ恒河沙、もしも明日ソルティーとお前のどちらかが必ず死ななくちゃならないとしたら、お前はどうする?」
「どうするって……そんなの決まってる、俺が死ねば良いんだ」
「うん、そうだろうね。お前は絶対にそうするし、きっとソルティーだって同じ答えを出すよ」
「同じって……」
「ソルティーならお前を助ける。自分が死んで、お前が生き残る方を選ぶんだ」
「そんなのやだ!」
「やだって言ってもそうするんだよ、さっきみたいにさ」
 須臾は恒河沙の濡れた頬をシャツの袖で拭いながら、泣き笑いの顔を彼に見せた。
「誰だって死にたくないさ。あいつだってこれっぽっちも死にたいなんて思ってない。お前と交わした約束だって、叶えてやりたいと思ってる。でも、僕達が足手まといなのは事実だし、あいつが勝てない勝負に出なければならない程、あいつはあいつなりにお前の事を考えてる」
 須臾にとって、以前聞いたソルティーの話が彼自身の本音だ。
 誰の為でもなく、たった一人だけの為に鍵の役割を受け入れる。そんな馬鹿げた事を平気で口にしたのが心に刻まれている。
「今さ、この変な地面を造ってる奴が、ソルティーの敵だよ。こんなとんでもない事の出来る奴が、普通に勝てる相手だと思うか?」
 恒河沙の両肩を掴み、正面から問い掛ける。
 答えは返されなかったが、返しようもない問い掛けだとも判っていた。
「このまま放っておけば、この枯渇が世界中に広がるかも知れない。そんな馬鹿げた敵だよ。誰に言っても信じられない様な、少しくらい腕が在っても勝てそうにない相手だ」
「……だったら、どうして、どうしてソルティーは行くんだよ」
「あいつ言ったよ。恒河沙が平和に暮らせる世界にしたいんだって。そんな恥ずかしい理由を、あいつ真面目に言った。……差し違えて死んでも構わないくらい、大事なお前を護りたいって」
「………」
「だから間違うなよ。あいつは先刻の話を、本当は誰よりもあいつ自身がしたくなかったんだ。でも、言わなければならない程、追い詰められてるんだ」
 この国に入るまでは、恐らくソルティーもここまでの侵攻を予想はしていなかった。この事を知っていたなら、もっと前に何らかの手を講じるだけの能力の在る男だ。
 急激な枯渇がソルティーを追い詰めたのだと須臾は思う。
「俺の所為? ソルティー、俺の所為で死のうとしてるのか?」
「ソルティーの抱えてる事は、そんなに簡単じゃないよ。……ただ、僕が聞いた話じゃ、あいつは自分の死に、お前と言う意味を持っているだけなんだ。お前の所為じゃない。けど、お前の為なんだ」
 原因と結果の間に存在した恒河沙というきっかけが、今のソルティーを動かしている要因となっている。
 それは恒河沙には与り知らぬ次元の話だ。
 焦燥の面持ちで俯いた恒河沙の頭に、須臾は自分の額を当てた。
「先刻のは、ソルティーが必死に吐いた嘘だよ。そんな嘘をお前が信じちゃ駄目だよ。だけどそれと同時に、雇い主としてのあいつの言葉に、僕達は傭兵としてその嘘に応えなくちゃなんない。判るよね?」
 恒河沙は俯いたまま否定も肯定も現さなかったが、須臾はそれを肯定と受け取った。
「本日をもって、僕達はソルティーの傭兵じゃなくなるんだ」
「………」
「だからね、明日から僕達も、それぞれの立場で行動しようよ」
 その言葉に恒河沙はゆっくりと顔を上げた。
「僕はあいつの友達だから、あいつの手助けがしたい。お前はどうしたい?」
「……でも、俺達じゃこの先は無理だって…」
 恒河沙からの現実の露呈に、須臾は眉を寄せて低く唸った。
 昨日から考えていたハーパーと言う手段は失われてしまった。それでも須臾は苦笑いを無理矢理浮かべると、恒河沙の肩を強く叩いた。
「それは今日一日掛けて、僕が考えるから。お前は、お前の理由を考えな。任せて、頭の良い僕に掛かれば、どんな難題も解決してみせるさ」
「須臾……」
 確かな自信が在る訳ではないが、今の須臾が決して自分の為に話しているのではないと伝わってくる。
 彼は彼の為に動き出そうとしていて、同じ事を求めていた。
「俺の立場……」
 今まで自分の中心に居たソルティーではなく、自分自身が初めて中心になる問題に、恒河沙は頭を一杯にした。
 須臾の予想では、ソルティーは契約が切れた直後にこの街を出る。
 短い時間で二人は考え続けるしかなかった。





 須臾が数枚の羊皮紙を手にソルティーの部屋を訪れたのは、既に蒼陽が昇りきった夜更けだった。
「流石に二年分ともなると時間が掛かるね」
 多少の嫌味を含んだ言い方にも一切反応を示さないソルティーに、須臾は羊皮紙を机に叩き付けた。
「帰りの分もきっちり入れさせて貰って占めて7894ソリド。内訳は書いてるけど、なんなら読み上げましょうか、ご主人様」
「必要ない」
 ソルティーが言い値を払うのは、単なるそれが形式だからに他ならない。幾らでも金貨を作り出せる彼には、須臾がどんなに吹っ掛けても支払う事が出来る。
 かといって今回の金額の提示に嘘偽りが在る訳ではない。高額になったのは単に日数が嵩んだのと、帰りに跳躍しなければならないからだ。そして帰りに掛かる恒河沙の食費も含まれている。実はそれが一番高く付いている。
 もしソルティーに支払う能力がなく、それを理由に旅を続けられるなら、勿論そうするが。
「一応10000は其処に用意している。必要なだけ持っていってくれ」
 ソルティーにベッドの上を指差され、其処に置かれている重そうな幾つかの袋を一瞥する。
「判った。解呪したら丁度7894ソリド持って行くよ」
 そう言う須臾の目の前に、ソルティーは契約書を差し出した。
「……とに、手際が良い奴だよ」
 手荒く契約書を奪い取り、自分が持ってきた分を重ね合わせる。
「あいつはあんたの顔見たくないって言うから、僕が代わりに解呪するよ」
「構わない」
「ああそう!」
 何処までも自分を隠そうとするソルティーに、須臾はこめかみを引きつらせ、八つ当たり気味に手にした封呪石を、机の上に置かれた契約書の上に叩き置いた。