恋愛掌編集
人工的な人の人格
そのコンピュータはカメラをきょろきょろと動かすと、CPUの駆動を指し示す発光ダイオードをチカチカと光らせる。その点滅と共にチチチチチと内部の部品が動く音が響いた。
「うん。おはよう、アル。」
ターニャは寝相悪さで脱げかけていたパジャマを直しながら、コンピュータの頭頂部をさらさらと撫でる。するとコンピュータは機体にチチッチチチと細かく音を響かせる。
「いやあね。そんなおせじ言うものじゃないわよ。」
くすくすと笑いながら言うターニャの言葉に、コンピュータの発光ダイオードはしきりに点滅を繰り返した。
ターニャの眼は、その時すでに発光部からコンピュータの中心部へと移っていた。
コンピュータの中心部。そこには液体を詰めた透明のカプセルの中に脳みそが入っている。人の脳みそだ。カプセルの中の脳は一切身じろぎもしないが、時折脳の細胞膜から浮き出た気体があつまり泡となって吹き出していた。
コンピュータの中心部を人の脳で代替する。21世紀末に主流となった方式で、現在でも家庭用のコンピュータの多くは、この方式を採用している。
遺伝子技術とクローン技術を応用して人工的に発生したホモサピエンスの脳みそを、種々の細かい調整を加えることにより、コンピュータに適したものに変え、コンピュータの動作を管理するメイン部品として組み込まれる。
この方式の利点は、脳自体が高い演算機能と記憶容量があることもあったが、主に容易に人格を得ることにあった。人格の形成が容易なために、同種のコンピュータとの連携が上手くヤれるオペレーションシステムとしての強みが大きい。
しかし、人格を持つために所有者には上手くコミュニケーションを取らなくてはいけないという煩雑さもあった。
「ねえ。アル。私思うんだけどね。あなたが人間だったらとってもハンサムだったんじゃないかしら。」
コンピュータの発光ダイオードは点灯し続けているかのように、細かく細かく発光を繰り返した。
「恥ずかしがらなくても良いじゃない。私は、そう、思うのよ。確信があるわ。」
ターニャはそう言うと、カプセルに口付けをしてコンピュータから離れた。
ターニャが服を脱ぎ始めたところで、コンピュータはカメラを伏せたのだった。
夢を見ていた。
「へぇ、めずらしい。どんな夢を?」
手足を手に入れてご主人様に愛を語るそんな夢を。
「それは……悲しい夢だね。ターニャ。」
アルフレッド様は、いつもの端正な顔を悲しそうな表情にして、私のカプセルをゆっくりと撫でたのだった。