恋愛掌編集
夜に生きる
人は昼に生きて、夜は眠りにつく。夢は眠ってみる物だ。
それならば、夜に生きれば、生きながら夢を見れるだろうか。
そんなことを考えていた。
付き合っている彼女の桜が死んで、一頻り泣いた後だった。
夢なら彼女と出逢えるだろうか。
朦朧とした頭で僕はそんなことを考えていた。
次の日、仕事を辞めた。
そしてすぐに夜間の仕事を探し始めた。
桜に初めてあったときから、僕はいかれていたのだと思う。
僕が偶然彼女の落とした携帯を手渡した。
彼女は笑顔で僕にお礼を言ってくれた。
その笑顔がとても屈託が無くて、僕はその笑顔がずっと忘れられなかった。
桜は本当に笑顔の多い女性だった。
僕はもう一度彼女の笑顔が見たかったのだ。
夜間の仕事はどこか知らない会社の警備員に決まった。
給料は減ったが問題はない。
人も一人減ったのだから、僕だけ生きるなら充分だった。
昼に寝て夕に起き夜仕事に行く、そして朝に眠りにつく。
休みの日は、夜半ただぼうっとしていた。
ずっと窓を眺めて夜の音に耳を欹てていた。
彼女がやってくるかも知れない。
その音をずっと待っていた。
窓から見える景色はただ暗い。
それでも、金色に輝く月が見えることがあった。
夜は静かさがただ響いている。
それでも、どこか遠くで電車の音がする。
線路さえ見たことがない、知らない駅に止まる列車の音が聞こえる。
それが通り過ぎると何もなかった。
何も起こらない夜の仕事を終えて、朝になると丸太のように眠った。
何も変わらない夜を過ごして、眠ると何ももう夜になっている。
ただ夜に生きている。
ただ夜に生きていたかった。
桜が死んだのは昨日のことように思っているが、日付を見ると1年以上は経っている。
なんだか冗談の中に生きているような気がしてきていた。
ずっと何もない夜を見て生きていくのだと思う。
いつの間にか月が見えなくなっていた。
窓の外で音がするのが聞こえた。
初めてのことだった。
僕は、窓を開けて外を確認するとそこには黒い猫がいた。
ここまで登ってきて降りられないのか、狭い足場でうろうろしている。
なんとなく僕は声を掛けた。
「おいで、さくら。」
そういうと猫は僕の部屋に警戒もなしに飛び込んでくる。
僕が生きているのは、もう夢なのだろうか、正常な現実なのだろうか。
僕はこの黒猫を飼うことに決めた。
幸いに猫の首にバンドはついていない。
僕の部屋に違和感もなくたたずんでいる猫の喉を撫でると猫は目を細め、嬉しそうな顔色を見せる。
なんとなく桜の笑顔が見えるような気がした。