恋愛掌編集
病めるときも健やかなるときも
水面から白い顔が飛び出した飛沫を上げて。水滴が顔を伝い首筋に沿って川面へと流れていく。その下に川の波で揺れながらも女性の肉体の肌色が形どっていた。
彼女は頭を上げて大きく呼気をすると、僕の方に向かって手を振った。
「けーちゃんも泳がんかー。」
「いい。」
応えて僕はそっぽを向いた。
良くは見えないが彼女の裸を見るのがなんだか恥ずかしかった。
彼女は最近この田舎の、しかも僕の家の近くに越してきた五歳ほども年上の高校生だった。話では父親が死んで母方の在所だったここに母子連れで戻ってきたらしい。
僕はけー姉ちゃん、けー姉ちゃんはけーちゃんと僕を呼んでいた。同じ名前で年下だった僕はことあるごとに連れ回されていて、今日も川の遊泳場に連れてこられた。
「こんなところで裸で泳いでたら、誰かに見られるよ。」
最もらしいことを言ったけど本当は誰にも見せたくなかっただけだった。
「こないなとこ誰もこーへんし、誰もみーへんよ。」
「僕は?」
けー姉ちゃんは声を上げて笑った。
僕は馬鹿にされたように感じて口を尖らせる。
「けーちゃんはええんよ、家族みたいなもんやから。」
嬉しそうにけー姉ちゃんは笑顔を見せた。
「うち、結婚するんよ。」
久しぶりに故郷に帰った時にけー姉ちゃんがそう笑って報告してきた。
いつまにか俺も自分の呼び方が僕から俺になって、俺がけー姉ちゃんと初めてあったと出会ったときの彼女の歳を既に越えていた、高校を卒業して、田舎を出て東京の大学に通っている。
彼女は高校を卒業して、母が再婚した新しい父親の農業を手伝っていた。
「おめでとう。」
そう言うと彼女は本当に嬉しそうな顔で僕の言葉を受け取った。
「結婚式は神前式?」
「教会式や。病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで。やな。」
「へー。」
なんとなくイメージに無かった。ずっと昔から白無垢が似合うんだろうなって思っていた。
そんな事を考えてる俺を彼女は腕を引っ張ってくる。
「な、久しぶりに川泳ぎにいかへん?」
彼女の笑顔に押されて川に連れられて彼女が泳ぐのを、また岩場に座って見ていた。
「なー、けーちゃん。」
「ん。」
彼女が彼方の方を見ながら俺に話しかけてきた。
「東京ってどんなとこ。」
「別に大したとこじゃないよ。」
「なんかええことあった?」
「べつになあ。」
「なー。」
「ん。」
「なんで地元の大学いかへんかったの。」
「なに、寂しかったの?」
そうやって俺は茶化した調子で返した。彼女は笑って馬鹿にしてくれると思っていた。
彼女は笑わなかった。
「うん。寂しかってん。堪えきらへんかったわ。」
彼方を向く姉ちゃんの顔は見えなかった。
「ごめんな。もう別の家族や。」
最後にそう呟いた。
あの日のあの後の言葉をきっと姉ちゃんも思い出しているだろう。
「じゃあさ、本当の家族になってよ。」
「ええよ。でも家族なんやからずっと一緒にいてな。死ぬまでやで。」