恋愛掌編集
紅の花散りし時こそ美しき されど散ららば今宵の別れ
同僚の結婚式の帰り道。
ちょうど桜が満開の季節だった。
二次会で酔いに酔ってべろんべろんになりながら、駅までの帰り道を別の同僚のジェフと連れだって愉快に歩いてると、強い風が吹き抜けてきて並木の桜を一斉に揺らした。
揺れた桜の枝からは一枚一枚と花弁が風に舞い、吹雪のように白く淡い薄紅色が視界を埋め尽くしていく。その光景に私が思わず感嘆の声を上げると、隣に居たジェフは、それまでの陽気な表情とは打って変わって真剣な眼差しで眺めていた。そして、ぽつりと私に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「ようやく分かりましたよ。」
「何が?」
「桜吹雪の光景ですよ。」
ジェフはそう言って歩きながら私に説明してくれた。
外国人であるジェフは桜吹雪はテレビや何かで見たことはあったが、それが実際にどういうものか釈然としてなかったことを。その時はあまり美しいものの様には思えなかったらしい。しかし実際に目の当たりにして、桜の花の小さな欠片が風に緩やかに舞って目の前を仄かな桃色に覆われていくのは、言葉も出ないほどに美しかったのだという。
並木は橙色をした街灯に煌々と照らされて、もしかしたら昼間よりも僅かに赤く染まっているように見えるのかも知れない。近くを流れる河川の濁りながら跳ねるような音が何となく桜の吹雪をより水っぽく感じさせていたのかも知れない。
「それにしてもユカは綺麗でしたね。」
「うん、ウェディングドレスがよく似合っていたよね。」
私がそう言うと、治まっていた風が再び強く道を横切って駆け抜けていった。桜からまた花びらが飛び、地面に落ちていた花も舞い上げられ、渦を描くように風が見えたかと思うと、ゆっくりと小さなその桜色の雨が戸惑うかのように揺らぎながら落ちていく。
「ようやく分かりましたよ。」
「今度は何が?」
「日本人が桜を好きである理由ですよ。」
しかし今度は言葉を続けなかった。
その理由を上手く言葉に出来ないらしい、ただ心の中にある居座っている感情がとても心地よいのだと言う。その話を聞いて私はなぜだかとても嬉しくてにやけていたように思う。
そんな私の顔をジェフは見て、思いついたように、はたと立ち止まり悲しそうな面持ちで独りごちた。
「ようやく分かりましたよ。」
「何が?」
「私が貴女に感じていた気持ちです。」
そう自分に伝えるように口にした後ジェフはさらに続けた。
「そしていつも理解したときにはもう遅いのです。」
桜は散るときが美しくて、それが本当に好きだったんだと気が付いても、もう散ってしまった後。それが別れの時なのだと。
二ヶ月後、私の挙式の時にはどんな花が咲いているのだろう。