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恋愛掌編集

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いとおしい


「愛しい、愛おしいと言う言葉は、いと、をし、つまりとても愛し、惜しい、手放すのが嫌なほどに愛していると言うことです。」

 古典の先生の言葉が、何故か頭に残っていた。
 いつもの通り授業が終わって直ぐに帰っているのに、帰り道は明るく茜色に照らされていた。押しボタン式の横断歩道で道をふさぐ信号機の赤いランプが見えにくい。
「明るくなった。」
「そうだね。」
 歩行者用の信号が青くなったのを見て隆が歩き出し、私は遅れてついて行く形になった。改めてみると隆のブラウスの色は初めて見たときより大分色あせてきているように思えた。随分と田舎くさい色だと思ったけれど、今はもう馴染んで、それなりに見える。
「袖口の糸、ほつれてるよ。」
「ん?」
 隆が右手の袖口を確認するので、私は左手の袖を捕まえて糸を引っ張って見せた。
「ちょっと持ってて。」
「おう?」
 伸びた糸を隆に手渡すと、私は自分の学校指定の大きなベージュの鞄の中から小さい水色の裁縫を取って中からハサミを出した。
「お前、いつも持ってんのな。」
「助かるでしょ。」
 隆が笑いながら私に袖と糸をつまんだ指を差し出すので、糸を受け取ってハサミで切った。5cmぐらいの白い糸だ。私が裁縫道具をしまうのを確認して隆はまた歩き出す。
「お前どうすんの?」
「何が?」
「大学。」
「どうしようね。」
「お前のことだろ。」
「そうだけどさ。隆の行くところには絶対に行けないしね。」
「やりたいことやれよ。」
 この前の模試の結果、隆の受ける大学はD判定だった、どれだけ頑張っても、その判定は入学してから、ずっと変わることがなかった。
「やりたいことね。」
「そう。やりたいことやれよ。」
 やりたいことは、と言いかけて辞めた。それが出来ないから、出来ないって見せつけられたところだったと言いたくなった。
 私は、さっき切り取った糸をくるくる回しながら考えていた。
「捨てろよ。」
「こんな所に捨てたら駄目だよ。」
「そうか、じゃあ俺が捨てとくよ。」
 そう言って手を伸ばしてきた隆の手を押さえて、良いよ捨てておくよと答えた。
 愛おしいと言う言葉は、きっと、多分。彼の糸すら惜しいと思うから、糸惜しいと言うのだろうと、何となく思った。

作品名:恋愛掌編集 作家名:春川柳絮