恋愛掌編集
青から赤に変わる物
手首にカッターを押し当てる。縦に裂くのが重要だ。しっかりと力を込めて。それは何度もリストカットをしていて分かっていた。横にちょっと切る程度では、血は垂れる程度しか出てこない。傷口もすぐに閉じてしまう。痛いだけ。痛いだけで、今までは良かった。でも今日は死のうというのだから。
カッターをすっと引く。
青い血がさっと赤く染まる。いつ見ても綺麗だと思う。背中がゾクゾクとしてくる。手首に冷たさが突き刺さったと思うとカっと熱い痛みがじくじくと襲ってきた。この最初の冷たさが気持ちいいと感じてしまう。その時に何もかもがスッとした感じになる。後のじくじくした痛みは余り好きじゃなかった。汗を流した後のべたべたした感じに似ていると思っている。
だらだらと血を垂らしている手首を、お湯を張った湯船に突っ込んだ。血は空気に触れると固まってしまう、それで手首を切っても血が止まってしまうのだと知った。お湯の方が血の流れが良くなって、血が良く出ていくらしい。お湯が温かかった。お湯は好きなのだった。というのか、お風呂が好きなのだ。どうせお湯を張っているのだから、このままお風呂にはいるのも良いかもしれないとそう思った。
服を脱ごうとして、お風呂に入る前にメールを送らなくちゃいけないことを思い出した。メールの相手は一年前から付き合っている彼氏。とても優しくて私の話をいつも聞いてくれた。ちょっとふくふくしすぎてるかも知れないけれど、それも良かった。これから部屋で死ぬことを伝えて、来てくれるかどうか、それをちょっと賭けてみようと思ったのだった。今までリストカッとしていたことはずっと隠してきた。どう思うんだろう。メールを送信して、電源を切った。
仕事中だからすぐにはメールを見れないんだろう。冗談だと思うかな。
お風呂にはいると、血とお湯が混じったみたいで、湯船の中がオレンジ色に染まった。あったかい。暖かいなあ。朋ちゃんのお腹は暖かかったなあ。一緒に旅行に行ったとき、滝壺を上から眺めようとしたら、朋ちゃんは怖がって全然近寄らなかったこともあったなあ。上から飛び降りたら気持ちよさそうだと思って眺めてたけど怖がりだったなあ。そう言えば、血も苦手だったっけ。これを見つけたら、卒倒してしまうかな。
うとうとしていた。どれだけ時間がたっただろう。お湯もぬるくなってきた気がする。もうすぐなのかもしれない。
鉄が叩かれる音がした。ドアが叩かれている。強く強く叩かれている。大きな声で名前が呼ばれる。来てくれたみたいだ。ドアノブが回される音がする。何度も回される。
あ、忘れていた。鍵を閉めたままだった。もう、だめかな。そんな感じがしてきた。でも、なんだか幸せな気分で眠れそう。