恋愛掌編集
新雪のくちづけ
それはきっと、二人の足音が重なってしまったから。
途切れずに足音が重なり続けている。
僕は少し気恥ずかしくなって、隣を歩く彼女を見た。
彼女は顔を少し上気させていた。
いつも見ている白い頬に紅色がさしている。
それが、なんだか、いつもより少し可愛く見えた。
彼女にはこの音が聞こえているのだろうか。
枯れた並木の街路が途切れ、薄明かりの生活道路に入る。
なんとなく、彼女に近づきたくなって、歩みを変えた。
歩調を変えないように気をつけて、少しずつ彼女のそばへ。
ちょっと近づいたつもりだったけれど、いつの間にか肩が触れていた。
僕はもう彼女の方に顔を向けられなかった。
彼女は何も言おうとしない。
僕は寄せた肩から手探りで彼女の指を探す。
ふっと冷たい物が触れた。
僕はそれをきゅっと握りしめる。
握った指はひやりとしていた。
彼女の指が細く弱々しく握り返してくる。
僕等は何も喋らずに、重なった足音だけが響いていた。
徐々に早まる心臓の音が歩く速さを追い越しそうな気がした。
「ねえ。」
「うん。」
「キス、していいかな。」
「うん。」
彼女はいつも通りの様子で答えた。
10歩。
20歩。
30歩。
彼女の手を握る力が、強くなったような気がした。
僕は思わず、彼女の手を引っ張っていた。
「きゃっ。」
足音が消えた。
バランスを崩した彼女は僕の顔を見上げている。
その顔は、やっぱり赤くなっている。
さっきよりも赤く張りつめている。
僕は顔を近づけた。
冷たい息が顔に掛かってくるような気がする。
そのまま僕は彼女の唇に口付けた。
彼女の唇は雪のような感触がした。
今落ちてきた雪のようなそんな。
そしてすぐに溶けてしまいそうな。
そんな気がして、僕は顔を離した。
彼女はちゃんとそこにいた。
そして真っ赤な顔で笑っていた。
僕らの歩調はその後、重なることなく続いていた。