恋愛掌編集
帰り道
海からの帰り道。岬が急に「もう歩きたくない」と言い出した。いつもの駄々だ。ガードレールに座り込んで動こうとしない岬に、俺は仕方がないと思い「負ぶってやる」言った。すると急に元気を出して、しゃがんだ俺の背中に飛び乗ってきた。足を抱えて立ち上がると、一人分余分な重さが足に感じられた。
「重いな。」
そう言うと背中を殴られた。
「いやさ。女の子って軽いもんだって思ってたから。」
そう言うとまた背中を殴られた。
流石にそれ以上何も言わず、歩きだすと岬は首に手を回して体を倒してきた。余程疲れたのだと思った。それにしても恥じらいがない。背との間に腕も挟まずべったりとくっついてくる。昔なじみなのだから元々恥じらいを感じ合う間柄でもなかったし、密着している岬の背中に膨らみなんてなかった。これが少しでも人並みなら負ぶさることを拒否しただろうか。それよりも俺がおんぶを提案しなかったような気がする。
そんなことを考えながら歩いていたら、岬の片足からサンダルが落ちた。
ん、と言う岬の言葉に促され、足を曲げてサンダルを拾う。拾ったサンダルを手に持ったまま、足を抱え直して立ち上がる。ちょっと辛いか。夕方で涼しくなっていたが、随分歩いてきてすこし汗が滲んできた。岬と接している背中はべとべとに濡れているような感覚がある。なんとなくエッチだ。そう思った時にふと心に浮かんだ。
「あのさー。」
「なに。」
「俺さー、お前のこと好きみたいだ。」
彼女は数拍おいた後、顔を背中に貼り付けたまま言った。
「いや。」
「……そうか、分かった。」
ちょっと辛かった。けれど、すんなり受け入れられた。俺と岬は友人で、それで充分楽しい。そう思ったら、背中を強く殴られた。
「そうじゃなくて。」
「ん。」
「ひきょうだって。顔を見ないで言うのは。今のダメ。」
「あー。」
俺は岬を近くにあったベンチに座らせ、しゃがみ込んで顔をじっと見た。ニヤニヤ笑っている岬の手を掴んで、真っ直ぐに顔見て言った。
「今気付いた、好きだった。愛してる。」
「で?」
「で?」
「好きなのは分かった。承りました。でもそれは唯の意思表明でしょ?それで何?」
ニヤニヤと笑っている。流石にカチンと来た。
「何って。それだけだよ。好きだ。愛してる。伝えただけで満足。さあ行こうか。」
そう言って立ち上がろうとすると、岬が手を離さなかった。「バーカ」と、岬は舌を出して言ってきた。「馬鹿だよ。俺は。」そう言って背中を見せると、岬は背中に乗ってきた。
背中に感じる人の重みは、さっきより少し大きくなった気がする。俺と岬の間にはさまれた腕が少し背中に食い込んで痛かった。