恋愛掌編集
駆け落ち
街の道路工事の現場。
だるそうに働く中年男性達の中に一人、必死に汗を流して動いている若者がいた。
「兄ちゃん、そんな張り切ってたらすぐにばてちまうぞ。昼間も別の現場にいたろ。」
「俺、金必要なんすよ。」
「ははは、なんだ、若いかあちゃんに良いとこ見せたいのか?」
「そんなとこっす。」
まわりの中年達はガハハハと笑い声を上げた。
若者は名前を貴志と言った。
「おうーい、ならべー。」
工事主任が叫んで、土方達が一列に並んだ。
その日の日当が一人一人手渡されていく。
「ほい、ごくろうさん。」
貴志は茶封筒を手渡される。
いつもより、心分厚い気がした。
「君、頑張ってるから色つけといたよ。」
「ありがとうございます!」
貴志は主任に頭を下げた。
「兄ちゃん、かあちゃんに良いもんかってやれよ。」
仕事仲間達がガハハと笑って貴志の肩を叩いていった。
ういっす、と笑って頭を下げた。
「ただいま。」
「おかえり。」
貴志の帰宅を女性が笑顔で迎えた。
美雪と言い、貴志と2年前から付き合っていた。
「今日の給料。」
「おつかれさまぁ。」
「もう少しだ。もう少しで車が買える。そしたらお前の夢だった、移動花屋が出来るぞ。」
「うん。」
美雪は優しい笑顔で貴志の言葉に頷いた。
「そうすりゃ、こいつが生まれても、良い生活させてやれる。」
そう言って、貴志は美雪のお腹を撫でた。
「うん。」
美雪は嬉しそうにもう一度頷いた。
貴志は朝早くから深夜まで働いた。
土を掘っては、汗を流して。
岩を運んでは、汗を拭いて。
一つの工事が終わると、すぐに次の工事現場に向かった。
日当は全て美雪に渡していた。
ろくに学校も行けなくて、九九ろくにも出来なかった。
数の計算も出来ないから、家計なんて全く分からないから美雪に任せていた。
工事現場で弁当を食べてると、おっちゃん達が気さくに話しかけてくる。
「兄ちゃん、かあちゃんとは良い具合か?」
「もちろん仲良いッスよ。」
「夜の方だよ。夜の方。」
「何聞いてんすかっ。」
ゲヘヘヘと、周りのみんなで笑いあった。
体は疲れるが毎日が充実して楽しかった。
ある日、アパートに帰ると、珍しく電気がついていなかった。
出産前で体調が悪くなり休んでいるのかと思い、静かにドアを開けた。
「ただいま。」
返事がなかった。
電灯のスイッチをつける。
明るくなった部屋には誰も居なかった。
テーブルの上を見ると書き置きがあった。
「ごめんなさい。本当に好きな人と一緒に暮らすことになりました。お腹の子の本当の父親です。貴志君ならきっともっといい人が現れますから、どうか幸せになって下さい。」
そう書いてあった。
「あれ。なにこれ。」
部屋の中を見回したが、昨日まであった美雪のものが無くなっていた。
「あれ。おかしいな。」
タンスの中を見ても、通帳もお金もハンコも何もなくなっていた。
「どこかいったのかな。ダメだな俺漢字読めないから、わかんねえのかな。」
それ後工事現場で貴志を見た人は居なかった。