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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「いや、構わない。ただ……その時の私は、確かに彼女を愛していた。彼女を想う以外の気持ちを持たなかったのなら、あれが私にとって愛だと思う。だから、好みと言うよりも先に年頃で選ぶのは、彼女の面影にしがみついていた」
 大人になる事が出来なかった彼女よりも、年上の女性を抱く事は、成長を待ち望んでいた彼女を冒涜する様な気に思えて仕方がなかった。そうする事で、思い出の中の彼女が残ると信じていた。
 勿論ソルティー自身、アルスティーナが存在しない状態で誰かを抱いても抱かなくても、どちらにも同じだけの言い訳があると判っている。
 結局は彼女の死を受け入れられずにいる限りは、何をしても同じだった。
「王様って大変なんだねぇ」
 しみじみと何度も頷く姿にソルティーは笑う。
 須臾は態とアルスティーナの話を外したのだろう。
「その時は何も感じなかったけどな」
 その立場だった頃は感じなかった事も、今にして思えば窮屈極まりない事だ。
 当たり前だと、仕方ないと思っていた箱の中から出てみれば、外は広く自由な空間だった。だから、今にして思えば、あの時はあの時で素晴らしい時だったとも思える。
「もっとも王様なんて肩書きは、まだ遠い時に終わった話だが」
「いやいや、僕から見ればおんなじなんだから、ご謙遜召されるな。んでもさ、今の話を聞いたら、あれだね。ソルティーの好みって、恐ろしい事に彼奴じゃん」
「は? ……ハッ…ハハハハハハハハハ」
 目を見開いて虚ろに笑うソルティーに、須臾も乾いた笑いを重ねた。
 須臾の言う通り、ソルティーが初めて自分から好きになったのは、恒河沙という不毛な相手だ。
 これからきっと今まで以上にソルティーに執着するだろう恒河沙の事を想像すれば、本当に二人とも笑いしか出てこなかった。
 そんな変な笑いを部屋に響かせている中、やっとシャリノが二人を迎えに現れた。
「お前等、気色悪いぞ……」
 言い得て妙な感想を吐き出した彼に二人の笑いも収まり、須臾が多少真剣味を帯びた顔を見せた。
「丁度良いや、シャリノに聞きたい事が在るんだけど、阿河沙って人知ってるかな?」
「アガシャ? ……ああ、知ってるぜ」
 さもそれが常識の如く語られ、須臾は慌てて詰め寄る。
「知ってる?! 教えて、なんでも良いから、知ってる事全部教えて!」
 小さな体を揺さぶり倒し、鬼気迫る須臾の腕からシャリノは力を使って姿を別の場所に変えた。
 天井近くの梁に腰掛けて二人を見下ろし、記憶を手探りで掻き出す様に口を開いた。
「三十年近く前かな、リグスの彼方此方の内乱や戦に姿を現す様になった、伝説的な傭兵だよ。まあ最近じゃあ、勇者とか英雄とか呼ぶ地域も在るんじゃねぇか? それぐらい強かった話だぜ。なんか飛んでもねぇでかい得物を持っててよ」
「恒河沙が持ってる剣みたいなの? それとも」
「んなの実物見てねえ俺が知るはず無いだろ。――まぁそれで十年位は活躍してたって話だな。だけどその後で、突然アガシャの名前は出なくなった。元々が傭兵だ、何処で死んでも可笑しくはないが、死んだ噂も流れなかった。アガシャの残した伝説や逸話は凄い数残ってる。それ程の奴が、消える様に居なくなったんで、一時期凄かったな。見付け出した奴には報奨金も出すって国も在った程だ。んで、どうしてそんな話を知りたがるんだ?」
「恒河沙の父親なんだよ、阿河沙は」
「うへぇ、生きてたのかぁ。そうかシスルに行ってたんなら、こっちじゃ判らないな」
「うん。でも、彼奴が産まれる前にシスルからも突然消えて、生きているなら彼奴に会わせてやりたい」
「ああそうかぁ……。でもよ、こっちじゃあれから一度もアガシャの話は伝わってない。もし現れたら、滅茶苦茶古い話って訳でもないし、誰かの口の端にでも上るはずだ」
「そっか……」
 期待していた内容には程遠く、口惜しげに腕を組んで悔しがる。
 別に無理に捜し出して、親子の再会を演出したい訳じゃない。ただ生きているなら恒河沙に、お前と同じ瞳を持つ者が居るのだと、それを教えて安心させたいだけだ。
「ソルティーは阿河沙って聞いた事無い?」
「いや、済まないが役には立てそうにない」
 口ごもりそうになるのを咄嗟に堪え、記憶の隅にもない名前に首を振った。
 三十年から二十年前の出来事などソルティーが知る筈がない。その頃彼は、この世界の何処にも存在していなかったのだから。
――アガシャ……か。それにしても何故それを……。
 ミルナリスが言い出したのかが気に掛かる。
 確かに恒河沙の目の色はあまりにも特殊すぎて、他に誰か持っていれば関係が気になるだろう。しかしそれをあのミルナリスがわざわざ告げた。
――やられたかも知れないな。
 勿論彼女が自分の元へ現れた理由を、彼女の想いだけだとは思っていない。何か別の思惑があるだろうと。
 とは言え、素直に訳を話してくれる相手ではなく、こそこそ嗅ぎ回られるよりは近くで探り合いを続ける方が楽に思えた。
「なあ、お前アガシャに会った事が在るのか? どんな奴だった? 俺も話を聞いただけでよ、会った事無いから、教えてくれよ。強かったか? 格好良かったか?」
 やはりシャリノも普通の男なのだろう。伝説の英雄とまで言われる様な男の話に、子供の様に目を輝かせて須臾の足下に降り立った。
 ただしそれを聞かれた須臾はと言えば、思いっきり眉間に皺を寄せ、口を歪ませた。
「無口、無愛想、無表情」
 夢を壊すのは悪いと思いつつも、そう言って須臾は大袈裟に嘆息を吐く。
「へ?」
「だからそう言う人だったよ。おはようと言えば『ああ』、ご飯出来たよと言えば『ああ』、喧嘩の仕方を教えてと言えば『ああ』。イェツリが妊娠した時だって、表情を一つも変えずに『良かったな』だった。凄いのが、その『良かったな』が、あの人の一番長かった言葉だよ」
「なんか、ある意味凄い奴かも知れないな……」
「まあね。でも無関心じゃなかった。いい人だったよ、言葉は少なかったけど面倒見は良かったから。格好良かったし、イェツリと居る時は、無表情のままだったけど、楽しそうだった。だから、急に彼女に黙って消える筈がないんだよ」
「そうか…済まないな、役に立てなくて」
「しょうがないよ。そんなに簡単に見付かるなら、とっくに親子の再会は実現してる」
 既に諦めたと付け加え、考えてもどうしようもない事は、さっさと忘れる事にする。
 もし仮に会えたとしても、今更父親面されても腹が立つだけだ。結局は須臾から見て恒河沙の家族は、自分一人で充分なのだ。
「んじゃ、話も終わった事だし、飯食いに帰るか」
 その言葉に二人が頷くと、シャリノは二人の腕を掴んで同時に屋根裏部屋から消えた。
 その後は既に始められていた食事争奪戦に途中参加したものの、三人の腹の中には充分な食事は与えられなかった。
 これも勿論、完璧な元気を取り戻した恒河沙の所為である。





 四日間降り続いた雨が、五日目の朝に漸く上がった。
 レス・フィラムス教団の出来事は、あの男が宣言した通り何事も無かった様に処理されたらしい。ソルティーはその事には何も触れず、周囲の者と同様に胸を撫で下ろす真似をするだけだった。