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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 馬鹿な正直さを持つ恒河沙の言葉を鵜呑みにしないまでも、疑いは残される。どうするか言葉を捜してから、結局ソルティーは誤解を解く事に決めた。
「最初に言って置くが、なにを入れた事はない。勿論触った事もだ! ――多分、それは全部同時に聞いたからだ」
「んじゃ他は心当たりがあると」
「解釈の違いだと思ってくれないか。裸でと言うのも違う。慰めようと…と言うか、説明しにくいな……」
 少なくともあの時は違う感情だったはずが、今思い返してみると、自分なりの変化があったか疑問である。
 しかし疑いの眼差しを向ける須臾を前に、長く考え込むわけにもいかないだろう。
「兎に角、抱いたんじゃなく、抱き締めただけだ。その違いを判って貰えれば良いんだが。それでその場所が風呂場だっただけだ。風呂に入るのに服は脱ぐだろ?」
「その後ベッドに」
「行ってない!」
「冗談だって」
「……だから、深い意味が含まれていた訳じゃないんだ。口をひっつけると言うのも、抑も、リグスでは約束をする時に口をひっつける物だと、恒河沙が思い込んでいたんだ」
「約束の時にそんな美味しい事をハバリではするの?」
「だからそれはあの子の勘違いだ。………それは、約束事を交わす時の、私とアスルの癖だったんだ」
 ソルティーは今度は恥ずかしさで赤くなった顔に片手を当て、激しく落ち込んだ。
 まさか此処まで来て自分で恒河沙に口止めしていた事を話す事になろうとは、全く考えていなかった。
「だがそれはキスという事じゃない。次に会う約束なら頬に、舞踏会の相手なら指先にと、そんな子供のまじないじみた約束だ。恒河沙にしたのも、そんな約束なんだ。何時かあの子の目を見るからと、あの子の目に口付けた」
「それを彼奴が勘違い?」
「まさか約束する時には必ず口付けると思い込むなんて……」
「甘いな、彼奴はそう言う馬鹿だ」
「だから、あの時はまだ知らなかったんだ。言う言わないの口論をした時に、恒河沙は言わないからと約束を口にしてきた」
 悔恨を交えた言葉に須臾は首を捻った。
 一応はソルティーの言いたい事は理解出来たが、気になったのは別の事だ。
「目を見るって、右目の事? それはちょっと……」
 それにはソルティーが首を傾げる。
「聞いていないのか?」
「なにを?」
「私は色が判らない。私の目に映るのは白から黒までだ。須臾の髪も、私には灰色にしか見えない」
「はぁ?! なにそれ、聞いてないよ。恒河沙は知ってるの?」
「ああ。まだシスルに、確か璃潤に居る頃に知られた。……言っていなかったのか、それは隠してくれとは頼んではいない筈だが」
「全然聞いてない。何で彼奴は…………あ、そうか」
 にやにやと悪戯半分の笑みを浮かべられれば、何か良からぬ事を感じて勝手にソルティーの体は彼から遠離る。
「それが最初のあんたとの秘密だったんだろ。あんたとの話を自分の物だけにしたかったんだと思うよ」
「忘れていただけだろ」
「それは違うと思うね」
 思うと言いながら、須臾の顔には自信が漲っていた。
「幾ら何でもそんな重要な事なら、恒河沙は忘れない内に僕に教えてくれる。雇い主の状態の善し悪しは、傭兵にとってはかなり重要だから。それだけはしっかりと躾けたからね、彼奴の頭の容量で見聞きした雇い主の弱味は、全部僕に筒抜けになっている」
 見るからに賢しそうな須臾では、相手はなかなかぼろを出さない。
 ソルティーがそうだあった様に、恒河沙の子供っぽさに隙を見せる者は多く、須臾はちゃんとそれを計算に入れていた。
 それなのにソルティーに関する事で、恒河沙は殆ど情報を伝えていなかった。それをずっとソルティーの要領の良さだと思っていたが、結果は全く違っていたらしい。
「良かったね、彼奴ずっと前からあんたを護ろうとしてたんだ」
「須臾……」
「ハハハ、憎いねっこの野郎っ」
 満面の笑みで須臾はソルティーの脇腹を肘で抉った。
 とてもからかっているだけには遠く及ばない、本気の肘鉄の衝撃は梁から落ちそうになるほどだ。
「……人で遊ぶのは止めてくれないか……」
「まっ、それくらいしか楽しみが在りませんから。んじゃあ、僕の美しい髪が見れないのね、可哀想」
「赤だと幕巌に教えられたが。一応子供の時は見えていたから、想像は出来る」
「はずれ。僕の綺麗な綺麗な髪と瞳は、美しい赤紫。そんじょそこらの赤紫とは違うよ。美しくも気高い、崇高にしてしなやかな、そして艶のある赤紫さ。判るかなぁ」
「はいはい、判った判った。綺麗な綺麗な赤紫だな。これからはそう言う風に見るよ」
 自分の髪を高らかに持ち上げ、うっとりと陶酔する須臾にソルティーはひらひらと手を振った。
 須臾は自分の事を、平気で美しいと言いきれる男だ。
 決して的外れではないかも知れないが、どうすればそこまで自分自身を褒めちぎれるのか理解出来ない。
「あ、なんか馬鹿にした言い方だな」
「してないしてない」
 また掌をひらひらさせるソルティーに、須臾は口を尖らす。呆れられているのが判り過ぎる程判るのは、癪に障ると言うものだ。
――何だよ、一寸自分の方がもてるからって。
 実際何度か二人で色街に出掛けても、良い女が寄ってくるのはソルティーの方だ。
 須臾がどんなに自分の顔に自信があっても、顔の造作は全く違う。女が好む顔か、女が羨む顔かの違いだ。別に今の顔に不満は欠片もないが、好みの女が向こうに行ってしまうのは腹立たしかった。
 だからつい意地の悪さが出てしまう。
「実際の所、ソルティーってどんな子が好みな訳? マジもんで幼児趣味?」
「……其処だけに固執しないでくれないか」
 このままではこの先も『幼児趣味』をネタにされ続けそうで、本気でソルティーは泣きそうになった。
「いや、やっぱり気になるし。ほら恒河沙ってばおつむは幼児でも、体は一応幼児じゃないし。それにソルティーが選ぶ娼婦っていつもあれだろ」
「だからそれは……アルスが亡くなったのが、十四歳の時だった。だから、どうしてもその年頃の子を見ると彼女と重なってしまうから……」
「……ごめん、悪いこと聞いた」
 重い口を無理矢理こじ開けてしまった気分になって、須臾は表情を曇らせた。
 しかしソルティーは反対に、気が軽くなったと笑みを漏らす。
「いや……。正直に言えば、女性を好みとかで区切った事はない。私が女性として初めて見たのがアルスティーナだった。その時は既に、彼女と結婚する事は決まっていて、相手を選ぶ権利は私にはなかった。だからかも知れないが、余計に彼女だけに固執していた」
「固執? それって、好きになろうと努力したって事?」
「今にして思えば……。父には跡継ぎを生む為だけの側室が居た、私は運が良かったのか悪かったのか正室を母に持ったが、だからこそ私は妻になる女性だけを愛そうと考えていた。決して義務だけに縛られはしないと。――しかし結局は、誰かを妻にしなければならないと言う、根本的な義務から逃れられはしなかった」
「婚約者……だもんね。ハーパー達が決めた……、って、ごめん、少しだけ前に聞いてた」