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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 ただし一度動き始めた戦という塊だけは、恐らくどうする事も出来ないだろう。

 六日目の朝にシャリノの元を去る事になったが、シャリノの「目的の場所があるなら、近くまでなら送ってやろうか?」と言う言葉を、ソルティーは長い沈黙の後で言葉少なに辞退した。
 複雑な心境だ。早く終わらせたいとする気持ちと、出来る限り長く旅を続けたい気持ち。
 どれだけ足踏みをしても、結局は残り一年も待たずに終わりは訪れるだろう。その月日を出来る限り楽しみたいと思う。
 旅の道は限りなく在るが、ソルティーの道はたった一つしかない。
 その道を歩くしかないなら、出来るだけ多くの知らなかった事を体験したい。そう言う子供心の探求心を、ソルティーは漸く手に入れたのだ。



「それじゃあよ、これこの辺りの地図だ」
「済まない。気兼ねなく戴かせて貰う」
 ソルティーがシャリノから受け取った地図を鞄の中に入れている間、シャリノは後ろにいたミシャールに何か目配せをしていた。
 鞄を肩にかけ直して前を向いた時には、シャリノの代わりにミシャールが嫌々そうな顔で立っていた。見覚えのある豪華な革袋を手に握り締めて。
「これ、返すよ。べ、別にちょろまかすつもりは無かったんだからな、一寸、忘れていただけで……」
 この数日幾らでも返す機会があったのにも関わらず、全くこの事には触れなかった事を見ると、気持ち半分くらいはちょろまかすつもりではいたのだろうが、それを許すほどシャリノは甘くない。
 妹の嘘など、お見通しなのだ。早々に言い咎めなかったのは、単に彼女の行いを見届ける為だ。
 未練たらたらに差し出される袋を、ソルティーは微笑みながら片手で彼女に押し返した。
「貰ってくれないか? ずっと此方の面倒を見て貰ったし、食事代もあるだろう?」
「で、でも、多すぎる。ね、ねえ、お兄ちゃん?」
 後ろを振り返って同意を一応求めて、彼が頷くのに内心がっかりした。
 それを汲み取って、今度はソルティーがシャリノに話をする。
「実は、聖聚理教の精霊の涙は存在していた。それをリーヴァルに頼まれて、リグスの施設に寄付をしたんだ。多分、君達の事情を知っていたら、あれは君達が受け取っていたかも知れない。だから、その代わりとしては少ないが、これを使ってくれないか? 私の判断の誤りだから」
「それでもこの額は関係のないあんたからは……」
 勿論ミシャールとしては「はい、そうですか」と言って自分の物にしたい。
 しかし未だに背後の気配が、妹の躾の為に睨みを効かせていた。
「気にしなくても、旅には困らないから。それに、関係なくは無いだろ?」
「……いやだねぇ、これだから金持ちは。まぁ、お恵み根性でも無さそうだし、有り難く頂戴するか」
 皮肉を交えているものの、シャリノの顔にはしっかりと感謝の念が浮かんでいた。
 どの様な目的があろうと、自分達が助けられた事には違いはなく、この大所帯故に台所は火の車だ。
 ただもう少し妹に我慢を教えたかったが、ソルティーの僅かな含みに切り上げる事とになった。それがこれまでの事に対する事なのか、それともこれからへの……。
――まぁ、今はどうでも良い事か。
「良いのか? ほんとに良いのか?」
 手にした金額の重みは、それが自分達の物になると感じた瞬間にズッシリと実感できる様になり、ミシャールは目を潤ませて確認をし、ソルティーは頷く。
「ああ。それに恒河沙の事、ありがとう」
「え……あ〜〜、いいってば、感謝される程の事はしてない。子供のお守りは慣れてるし」
 照れ臭そうに手を振り、直ぐに逃げるように子供達の方に袋を掲げて駆け出した。
「みんなぁ、これで壁の穴塞げるぞ」
「やったぁ!」
「これで覗かれなくて済むんだぁ」
「え〜やだよぉ、もっと別の事に使おうよぉ〜」
 口々に賛否を募る子供達の中央にミシャールは陣を決め、両手を腰に当てて胸を張る。
 そして、ソルティーの方に目を向けて、
「良いか? 壁の穴を塞ぐだけじゃなくて、もっと足りない物が買えるだけのお金なんだ。破れたシーツも返られるし、欠けたお皿を無理に使わなくて済むし、服だってみんな一着ずつ新しいのが買える。みんなあのお兄ちゃんのお陰だ。はいはい、整列してー、みんなで、はいっ、お礼!」
「お兄ちゃんありがとう」
 総勢二十八人のお礼にソルティーは照れた微笑みを返した。
 良い事をしたと言うよりも、ただただ子供達の反応が嬉しかった。
「じゃあ行くか」
 後ろで控えていた恒河沙達に向かってそう呟き、歩き出す。
 何度か振り返って、お別れの言葉を言いながら手を振る子供達に、感謝の気持ちで手を振り返した。
「お兄ちゃん気を付けてねぇー」
「また遊びに来てねぇ」
 無邪気な子供達の言葉に、ソルティーは何も考えず手を振り返す事が出来た。
 そう出来たら良いのにではなく、そうしたいと素直に感じながら。



 道はまだ続いている。
 長いと感じるか、短いと感じるか。
 それは振り返った時にしか判らない。
 急ぐのではなく、楽しみながら。
 前に進む。
 雨にぬかるんだ道は歩きにくく、しかしだからこそゆっくりと歩ける。
「ソルティー、天気になって良かったな!」
「ああ、そうだな」

 もう一人ではない。

 そんな旅路がまだ先へと続いていた。


episode.27 fin