小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第三部 刻の流狼編

INDEX|97ページ/100ページ|

次のページ前のページ
 

 ソルティーは自嘲気味に呟きながら、太い梁の上に腰を下ろした。
 その姿を見つめる須臾も、何となく彼の気持ちが判る様な気がした。
 辛い時や苦しい時に、どうしても人肌が恋しくなる時がある。傷の舐め合いや同情に憐れみ、そんな気持ちだと判っていても拒めずに縋ってしまう時が。
「恒河沙じゃ駄目な訳? 彼奴は意外と芯は強いよ」
 酷な話だと思いながらも、そんな提案を出しながらソルティーの横に腰を下ろす。返されたのはやはり否定的な首の動作だった。
「どうして…」
「見せたくない。恒河沙にだけは、臆病で卑怯な自分を見せたくない。もう充分に見られてしまったけど、これ以上はと思う」
 情けないと笑みを漏らすソルティーに、須臾は頬杖を着いて呆れた顔をした。
「格好の付けすぎ」
「そうだな……」
「でもまあ、男としては判るけどね」
「ありがとう」
「だけど幼児趣味なのは最悪」
「は?!」
「ミルナリスは完璧に体が子供、恒河沙は頭が子供。どっちもどっちじゃん」
「……言われてみれば」
「気付いてなかったんなら、あんた本物だよ」
「すっかり……」
「確定だね、おめでとう」
「嬉しくないな」
「これであんたを当分虐められるから、僕は嬉しい」
「やはりそうなるのか」
「当然。しっかり虐められろ」
「はいはい」
 ぽつりぽつりと短い会話が続き、その後二人同時に溜息を漏らし、どちらともなく小さく笑う。
 笑った後は暫く沈黙が続き、それを破ったのは須臾の呟きだった。
「殴って悪かった。僕、彼奴が絡むと見境なくなるから」
「知ってる。しかし、殴られるのは当然だ」
 納得尽くで殴られた事に、憤りは感じていない。どちらかと言えば、殴られて嬉しかったと感じていた。
 誰かに殴られるなど、ソルティーには初めての体験だったのだから。
 そんな来た時とはガラリと変わった空気の中で、暫く沈黙が続いた。
 迎えのシャリノはまだ姿を表さない。来る時の二人の様子を見て、話が長引くと判断しているのだろう。
 そうしていつまでも続きそうな沈黙に飽きたのか、急に須臾が話を始めた。
「あのさあ、恒河沙の奴なんだけど、彼奴、記憶失う前はすっごく内気で、人見知りしまくりの弱虫だったんだ」
 須臾は手足を前に伸ばし、天井を仰ぎながら昔の話を口にした。
 過去を楽しむ様な言葉と、それを悲しむ様な表情をして。
「何時も僕の後ろで怯えてる様な、今の彼奴からは想像出来ないだろ?」
「恒河沙が弱虫? 流石に直ぐには想像できそうにないな」
「そう僕も想像できない。それ位に彼奴は記憶を失う前と後じゃ、ぜんぜん何もかもが違うんだ。――昔の彼奴は、本当に臆病だった。……でも本当は、人に対して不信を抱いていただけなんだ。僕以外の人を、彼奴は誰も信用出来なかったんだ」
 少し声を強張らせて、須臾は梁から立ち上がるとソルティーに背を向けた。
「彼奴の目、珍しい色だろ? 彼奴の父親も同じ目をしてて、仕方ないよな生まれ付きだなんだから。でも、彼奴の父親は彼奴が産まれる前に帰ってこなくなって、母親は彼奴を産んで直ぐに死んじゃって、彼奴一人だった。そしたらさ、時々変な奴が居たんだ、彼奴の珍しい目が欲しいって奴が」
 須臾は肩を震わせ、両手を握り締める。
 思い出すだけで悔しいと思う気持ちが、忘れられずに残ってどうする事も出来ない。
「馬鹿があの目を売れとか言って押し掛けて来たり、誘拐されそうになるなんて沢山あって、何回も殺されそうにもなった。だからその度に僕は強くなろうと思った。強くなって、二度と彼奴に恐い思いをさせない、ずっと護るつもりだった」
「………」
「彼奴に昔の記憶が無くても、恒河沙は恒河沙だ。僕が名前を付けて、僕が育てて、僕がずっと護ってきた、大切な弟だ」
 そう言ってから振り返った須臾の目には涙が滲んでいた。
 真っ直ぐにソルティーを見据え、震える唇を噛み締めて震えを止める。そして片手を胸に当て、ゆっくりと握り締めた。
「だから……だからまだ、あんたには渡さない。彼奴をあんたに渡したら、僕の支えが無くなってしまう。あんたを認める訳にはいかないんだ」
 決意を秘める言葉に、ソルティーはしっかりと頷いた。
「そうしてくれ。出来るなら、あの子の気持ちを勘違いにして欲しい。私では恐らく無理だから」
「そのつもりだよ」
 ソルティーの答えに満足して須臾は浮かんだ涙を指で拭う。そして、悪戯な笑みを彼に向けた。
「でも、期待しないでよ。僕もソルティー以上に、彼奴には弱いから」
「…………お願いだ、期待させてくれ」
 脱力感に苛まれたソルティーを須臾が笑い、それにつられてソルティーも笑い始める。
 主従関係もない対等な関係を、初めてソルティーはこの時体験した。
 須臾にとっては当たり前の、ソルティーにとっては手に入れられないと思っていた、教えられなくても知る事の出来る関係を、初めて手に入れる事が出来たのだ。




――はぁ、これでソルティーとプロヴィザイアが離される危険性は無くなりましたけど、私、失恋ですわね。でも、致し方ありませんわね、抑も愛してはいけない方を愛してしまったんですもの。…………でもでも、少しくらいの意地悪は許されますわよね。
「ハァ…ソルティー様……」
「お姉ちゃんどうしたの?」
 物思いに耽っていたミルナリスの顔を覗き込む様に、一人の女の子が彼女の前に立つ。
「あ、いえ、何でもありませんわ。さてさて、次はどの御本をお読みしましょうか?」
「うん、あのね、これ読んで欲しいの」
「はい、判りました」
 女の子から子供向けの本を受け取り、早速周りの子供達に読み始めた。
 シャリノに挨拶をしてから、ミルナリスは子供達を相手にこうして時間を過ごしていた。その後ろでは、ハーパーが元気真っ盛りの男の子達によじ登られ、完全に遊戯施設の一つと化していた。
 勿論、ミルナリスの命令で。




 シャリノにこの場所に転移して貰った手前、彼が迎えに来るまで動けずに、二人はこの際だと色々とくだらない話に花を咲かせた。
 その途中、須臾が何かを思いだした様に、両手を叩き合わせる。
「そうだ、ソルティーってば、まだ彼奴を抱いてないんだよね」
 どうしてそんな話が出るのだとソルティーは慌てて首を振った。
 それを見て須臾は口先に拳を宛い、眉間に皺を寄せ低く唸る。
「じゃあどうして彼奴あんな事言ったんだ?」
「何か……言ったのか?」
 恐る恐る訪ねると、須臾はまた深く唸った。
――何を言ったんだ、何を?!
 恒河沙の事だ、何を言っても不思議ではない。しかし、抱く抱かないの事を持ち出されては気が気じゃない。
 第一身に覚えは全くない。
「あ〜、いやねぇ、彼奴に聞いたんだよ、『裸で抱き合ったり、口ひっつけたり、なにを入れられたりされた?』って。そしたら彼奴、『内緒』だって嘘見え見えの台詞使ったから、てっきり……」
 ちろっと横目でソルティーを見ると、青ざめた顔が横に何度も振られた。
「恒河沙の勘違い?」
「と言うか、それ全部一緒に聞いたのか?」
 頷く須臾にソルティーは肩を落とした。