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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「恒河沙……そんなにそいつの事が好きなのか? お前もそいつも男なんだぞ。絶対に誰にも、勿論僕にも認めて貰えないんだぞ。それでも良いのか?」
「嫌だ。嫌だけど、俺、ソルティーが居ない方が、もっと嫌だ」
「恒河沙……ハァ…」
 自分の突き付けた最後通告にはっきりと答えを出され、須臾は溜息を吐き出しながらその場にしゃがみ、両腕で頭を抱え込んだ。
「冗談じゃないよ、なんでそいつなんだよ。この世界に何人の女の子が居ると思ってんだよ。男なんか選ぶなよ男なんかを。それに男にするにしても、もっとましな奴居るだろ」
「……ごめん」
「謝るなよ、余計むかつくだろ。ったく、イェツリに会わせる顔がない。折角預かった息子を事も在ろうに男に………あああああああっっ!!」
 須臾は大声と共に髪を掻きむしり、急に立ち上がった。
 鬼気迫る形相を浮かべて恒河沙の前まで来ると、彼の頭を力尽くでソルティーから奪い返し、いけ好かない男を一睨みしてから悲痛な面持ちで瞼を閉じた。
「僕の夢は、お前に似合った可愛いお嫁さんを見付け出して、村で仲良く僕のお嫁さん共々一緒に暮らす事だったんだぞ。それを丸潰しにして、後で後悔しても、僕は女の子紹介しないよ」
 抱き込んだ恒河沙の髪に頬ずりして、子供の事に打ち立てた目標を、愚痴と一緒に吐き出した。
 裏を返せば、もう無理に反対はしないという事だが、そのままを口にするつもりは毛頭ない。
 認めたくはない。絶対に死ぬまで認められない事だが、須臾のもう一つの目標が恒河沙を泣かせないだったのだから、認めないまでも尊重する位の心の広さを精一杯に出してみた。
「須臾……」
「ありがとうなんて言うなよ。言うと怒りが納まらなくなる」
「………うん」
 自分の胸の中で小さく頷く感触に、涙が出そうになる。
――ああくそぉっ! こんなに可愛いのに、可愛いのに、可愛いのにぃいっ!!
 母親似の恒河沙に対する須臾の溺愛ぶりは、初恋絡みもあってからか半端ではない。女の子だったら、本気で嫁にするつもりだったし、その前に既成事実くらいは作っている。
 だがだからこそ恒河沙の願いを無碍に出来ない。
 決意して離そうと思っても、離したらもう二度と自分の所に帰ってこないと思えて、なかなか腕が離れない。加えて腕の力は増していく。
「……須臾……痛い……」
「我慢しなさい。僕の胸の方が痛いんだから」
「……うん」
 ギリギリと締め付けられる痛みに耐えかねた、申し訳なさそな訴えも無視するのは仕方がない。
 少なくともソルティーが現れるまで、この存在全部が須臾の物だった。
 そんな須臾の妄執が恒河沙にも伝わる。身じろぎも出来ず、暫くしたいようにして貰い、頭を締め付ける腕が無くなるのを色々な思いを浮かばせて待った。


 どれぐらい同じ姿勢で三人が何も言わずに時間を過ごしたのか、漸く須臾の腕が名残惜しげに恒河沙から離れた。
 一応の冷静さを取り戻してはいるが、だからこそ引くに引けない気持ちだけが残るのだろう。須臾は妙に冷ややかな視線をソルティーに送りながら、ゆっくりと口を開いた。
「恒河沙の気持ちは判った。賛成はしないけど、否定もしない。しかし、ソルティーには話がある。一寸面貸して貰おうか」
「判った」
 断れる話ではないだろう。
 ソルティーにしても彼の気持ちは判っているから、ある種の悟りの様な落ち着きでその申し出を快諾した。
「じゃあ、一寸場所を変えようか。お前は居間に帰って大人しく待ってなよ」
 冷たい笑みを須臾が浮かべるのを見て、言葉もなく恒河沙が縋り付く。あまり考えたくはないが、自分が居ない事で須臾が暴走しないとも限らない。
 自分ではなくソルティーを心配する彼に、須臾は一瞬だけ辛い顔を見せたが、直ぐに優しい笑い顔を見せる。無論作り笑顔だが。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。話をするだけだよ、話をね」
――五体満足じゃないかも知れないが、殺されずに済ませるだけましだ、まし。
 本音と建て前の差にかなり開きはあるが、落ち着きを取り戻した須臾の本心は恒河沙に届かなかった。
 数回恒河沙の頭を撫でてから、扉に向かう須臾の後を追ってソファーから立ち上がるソルティーにも、恒河沙の不安げな顔が向けられた。
「大丈夫だよ」
 ソルティーには須臾の本音部分がちゃんと伝わっていたが、もとよりこの状況は自分の所為だと認識があった。
 後悔はしてないが、後ろめたさはある。そんな気持ちをおくびにも出さず、ただ安心を与える為に恒河沙のこめかみに口付けをした。
「そう言う事は僕が居ない時にしろよっ!」
「ちゃんとお昼も食べるんだよ」
「うん」
 しっかり頷いた恒河沙に安心して、沸々と怒りを燃え滾らせる須臾の後に従い部屋を出た。
 恒河沙が見送ったのは二人の背中ではなく、最後まで振り向きながら心配しないようにと小さく手を振るソルティーの笑顔だった。それが扉が閉まる事によって消えていく間際、廊下の壁を殴りつける鈍い音が聞こえたが、誰が鳴らした音かは想像するには及ばないだろう。



 二人が向かったのはシャリノの居る場所だが、矢張り何処に居るのかを子供達に聞き、派手に遠回りをさせられてやっと、元々は書斎だったらしい所で彼を見付けた。
 須臾が選んだ場所は、昨日シャリノに連れられて行った、何処かの屋根裏部屋。そこならば誰にも見られずに、誰にも邪魔されずに済ませられる。

「じゃあ、夕食前位に迎えに来て貰えるかな?」
「まあ良いだろ。しっかしお前等って、落ち着かねぇ奴等だな。ガキ共よりうるせぇったらありゃしないぜ」
 シャリノは二人を大袈裟に笑いながら、同時に彼等の腕に触れた。
 シャリノの力は普通一般の術では無いらしく、理の力に付随しない。跳ばす物に作用する力ではなく、空間側に作用を及ぼす為にソルティーの体に全く変調は見られなかった。
 今の須臾にとっては、惜しい状態である。
――あの時みたい倒れてくれれば、止めさしてやるのに。
 ここまで来れば恒河沙を気にする義理はなく、場所を移し薄暗い屋根裏部屋に着いた途端、須臾はソルティーと真っ正面から向き合った。その眼差しにはしっかりと殺意が込められていた。
「どういうつもりで手を出した。勿論、本当に暇潰しなんて事を、まさか言う訳は無いよな。それとも、彼奴の反応を見て楽しんでんのか」
 やはり須臾の言葉遣いも声音も、恒河沙を前にするのとは全く変わっていた。
 普段の彼の軽さが演技とは思えないが、少なくともこれが本気の部分なのだろう。
「前に言ったよな、男を抱く趣味は無いって。それが急に趣旨替えでもしたのか」
「今でもそんな趣味は持ち合わせてはいない」
 落ち着いた答えを出したソルティーの腹に、容赦の無い拳が深くめり込む。
 ソルティーに拳を避ける気が微塵もない事が、余計に須臾を苛立たせた。
「だったらどうしてあんな事をしたんだ。彼奴の気持ちとか、あんたが判らなかった筈が無いだろ」
 殴られた衝撃に体勢を崩すソルティーの胸ぐらを掴み、鈍い音がするくらいに柱に押さえ付けても、未だに落ち着き払っている彼に怒りが増す。