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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 しかしニーニアニーは、ある種の達観を備えてしまった彼に表情を曇らせる。
「本当に出来るのか? 相手はシルヴァステルなのだぞ」
 世界中の者達が忘れ去ったとしても、ニーニアニーだけはこの名前を忘れる事は出来なかった。

 総ての根源と恐怖を司る者の名を。

 そしてニーニアニーと同じくその名を知るソルティーも、何かを思いだした風に一瞬目つきを鋭くするが、直ぐに首を振り、諦めた様な声を出した。
「私自身が一矢報いる事が出来れば良いんだが、生憎私はただの繋ぎだ。閉ざされたリーリアンに彼女達が赴く道を造るのが、生かされている理由に過ぎない」
 ソルティーは自分の生かされる理由を事もなく言い、ニーニアニーは彼の言葉に、彼をそうした者達に嫌悪感を募らせる。
 もしも微かな違いが生じていたのなら、彼の言葉を自分の血を連ねた誰かが言っていたのだ、それを思うと許せる事では無かった。
「……その役目が終わればどうなるのだ? お前は……どうなるのだ」
「さあ、その場で終わるか、それともこのままなのか。どちらにしても元の体に戻ることは無いだろうし、そう長くもない残りの命だろう」
「どういう事だ、それではあまりにも……」
「一方的すぎる契約だと思うかい? ――そうじゃない。引き受けていなければ、私は此処に居ない。何も知らず、ただ呪いに支配され……。それにこの世界は異分子を受け入れてはくれない。力がなければ」
「お前は異分子などではない! お前は、ソルティアス・リーリアンこそがシルヴァステルより更に、いいや、最もこの世界に恩恵をもたらしたのだぞ。その血を継ぐお前が排除されるべき存在であろう筈がない!」
 話を遮ってもこれだけは言わなくてはならないと、強い思いに押し出されたようにニーニアニーは声を荒げ、小さな拳が何度もテーブルを振り下ろされた。
 嘘を言っても仕方のない事実。辛くともニーニアニーに報いる為には、ありのままを告げるしかない。だが現実は彼の想像を凌いでいたのだろう。悔しそうな表情は、彼の隠せない気持ちを表していた。
「ありがとう。やはり滅ぶべきは我が国が正しかったのだろう」
 本心からそう感じて口にしても、与えられた言葉にニーニアニーは更に傷を深くするような表情を浮かべ、それを更に否定するようにソルティーは首を振った。
「サティロスにはウォスマナスの様な力はなかった。始祖にどれだけの力があったとしても、私にはその力は露程も受け継がれていない。アストアの王と違って。――きっと始祖も、いやリーリアンに連なる者達全てが喜んでくれている。この世界の誰が私達を忘れ去っても、アストアの王だけは覚えてくれているのだから」
 誰にも知られずに朽ち果てるかも知れない恐怖。確かにあったその恐怖が、今はもう感じない。
――そうだ、私は“今”此処に居る。
 名が残されるだけではなく、今の自分が誰かの記憶に残される。この身が朽ちても、誰かが生きた自分を知っていてくれる。たったそれだけが“生きる”事に力を与えてくれるようだ。
「放っておいても、この体は多分そう何年と保たない。それは変えられない事実だ。しかし良い悪いは関係なく、折角与えられた時間を無為に終わらしたくはない」
 感じていた感覚が日を追う事に薄れ、消えていく。痛覚と味覚は既に無い。暗く沈んでいく視覚も、残された日々の乏しさを嫌でも感じさせてくる。
 にもかかわらず、薄れていく感覚と同じに繋ぎ止められなくなっていた意識が、今では逆に強く感じられた。それが自分の力ではない事は、ソルティー自身が一番よく理解している。
「死を恐れてはいない。それよりも何も残せない事が恐い。自分の為ではなく、私が此処に存在するのは、私達がこの世界に生きていた事を残す為だ」
「ソルティアス……」
「貴方に会えて良かった。本当に、心からそう思う」

 だから覚えていて欲しい。

 ソルティーは胸の閊えが取れた様な、清々しい程の笑顔を浮かべた。
 どのような道を選んだとしても、結末は全て決まっている。その全てを受け止めてしまった友の姿に、ニーニアニーは口惜しく思いながらも言葉を失った。
 結果論としてしか自分を見ようとしない彼に、何をどう取り繕う言葉を言おうと、気楽な言葉にしか聞こえないだろう。どれだけ頭の中で理解できても、彼自身には成れない者の考えなど、浅はかなものだ。
 言葉を継げなくなったニーニアニーに、ソルティーも言葉を止めた。
 同じ立場を共有する事の出来る唯一の存在に、仮初めの言葉を無意味に連ねる必要を感じなかったから……。





 ニーニアニーは言葉少なにソルティーと別れ、遅らせていた執務を終わらせてから部屋に戻った。
 しかし誰も居ないはずの部屋には、誰にも告げられていない来客の姿が在り、それは自分の部屋の様に椅子に座ってくつろいで居た。
 長い黒髪に、闇を思わせる黒衣。そして金色に輝く異形の瞳を宿す少女、ミルナリス。
 ニーニアニーは彼女の出現にこそ驚きはしなかったが、顔を強張らせながら彼女の前に立った。
「あら、どうかなさりましたか?」
 自分に向けられた疑惑の表情に、片手を頬に当てながらミルナリスは首を傾げた。
「説明をして貰おうか」
「説明? いったい何の事でしょう」
「惚けるな! そなたがどうしてもと言って呼び寄せたあれだ! ――あれではただの子供ではないか、何故……いや、何を隠している?」
 ソルティーとの話で気持ちが高ぶっていただけではないのは、浮かべている嫌悪の表情に表れていた。
 ただ突き付けられた言葉は、ミルナリスにとっては決して驚くものでは無かったらしく、彼女は至って平静に返事を切り出した。
「とても心外なお言葉ですわね、私は惚けても隠してもおりませんわ。あの方の事は、私も判りませんの。どうしてあの方がシェマス様方のお使いと居るのか、どうして記憶を失っているのか、逆に私の方がお聞きしたい事ですわ」
 真っ直ぐにニーニアニーを見つめ返す眼差しは真摯であったが、受ける彼は不信の眼差しで返す。
 そんな攻防とも言える状態が暫く続き、先に根を上げたようにミルナリスは小さな吐息を吐き出した。
「私は何も知らされておりません。本当です。ウォスマナス様と同じに、主もまた永の眠りに就いたままなのですから」
「それでは……」
「ええ、予定調和は既に崩壊してしまいました。私は主の紡いだ調和を取り戻さなくてはなりません。その為にもプロヴィザイアは暫く様子を見る必要が御座います」
 それに協力しろと言外に含ませ、ニーニアニーは首を振った。
「しかしそれでは危険だ。想定通りの状態であれば、そなたの言葉も信じられただろうが、これからどう変容するか判らぬのならば、このまま見過ごすわけには行かぬ」
「いいえ、動いて頂いては困ります」
「ミルナリスッ!! そなたは必ずあの者はソルティアスの為に成ると申したではないか。余はそれを信じたからこそ、あれを森へ入れ、あれの好きにさせたのだ。本来ならあの様な穢れた者を、主の眠るこの地へ足を踏み入れる事も、……ソルティアスの傍に置く事さえも赦される話ではないっ!!」