小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第三部 刻の流狼編

INDEX|8ページ/100ページ|

次のページ前のページ
 

 ニーニアニーの言う力を借りた者がミルナリスだとソルティーには検討がつき、彼女の本心が知れない内は、出来るならもう二度と彼女の力を借りたくはなかった。
 そして何より、
――この先も味方であるとは限らない。
 得体も目的さえも知れない“対の者”を信用するつもりも無い。
「そなの? なら良い」
「……ソルティアスの言葉なら素直に受けるのだな? 良く手懐けたものだ」
 兵を人質にして暴れ回っていた事を思い出し、悪気も無く漏らした言葉に、ソルティーはあからさまに険しい表情を浮かべた。
「失言だ、許せ」
 殺気立つ視線に素直に降参し、両手を軽く上げる。
「ソルティー、てなずけるって?」
「知らなくても良い言葉だよ」
 内心舌打ちしながらそう言い、もう一度ニーニアニーを見据え、彼が困惑した表情で頭を下げるのを見届ける。
 やっとニーニアニーも、恒河沙が言葉を覚えている途中であるのに気付き、そしてソルティーがその事に神経を尖らせているのを知った。
「知らなくても良い言葉ってあるのか?」
 疑問が疑問を呼ぶ恒河沙にソルティーは項垂れ、それを見るニーニアニーは自分が発端であるのを忘れ笑みを零す。
「あるよ。悪口とか、誤魔化しの言葉とか、そう言うのは出来れば使って欲しくないから、教えられない」
「今の悪口?」
「そう受け取られたくは無いのだが、あまり誉められた言葉遣いでは無かった。使い方を誤った言葉だ、許してくれ。ソルティアスもそう睨むな」
「そう言う事だ」
「ふ〜ん、んじゃそれは判ったけど、どうしてソルティーはソルティアスなんだ?」
 根本的且つ一番避けて欲しかった疑問を持ち出され、ソルティーは固まった。
「どうしてなんだ?」
 今度はニーニアニーに向けて恒河沙は聞いたが、彼も表情を強張らせていた。
――もしかして、聞いたらいけなかったのかな?
 初めてニーニアニーと会った時も、彼はソルティーの事を違えて呼んでいたのはすっかり頭の外にあった。……と言うか、すっかり忘れていた。
 だから改めて聞かされた名前が、“ソルティーに関わる”なら気になるのは仕方がない。しかも、それをソルティーが普通に受け流しているのも気に掛かる。
「なあ、どうして名前が二つもあるんだ?」
 更に追い打ちを掛ける恒河沙にソルティーは溜息を吐く。
「昔に捨てた名前だからだ。いや、本当には捨てきれず、名の一部を変える事しか出来なかった」
――こんな事でしか自分を変える事が出来なかった。
「んじゃあ、ソルティーはソルティーって事なんだよな。良かった」
 ほっとした様に胸を撫で下ろした恒河沙に二人は呆気にとられる。
 普通なら「何故名前を捨てたのだ」と、疑問を持たれても仕方のない事を、恒河沙は微塵にも感じていない。
 悩みの解決にスッキリした。そんな感じである。
「ずっとソルティーって言ってたのに、今更ソルティアスにしてくれなんて言われるんじゃないかって思ったら、そのままで良いんだよな?」
「あ、ああ」
「前に王さんが言ってたのって、なんかぜんぜん覚えられそうに無い位長かったし、俺、ソルティーの方が言いやすくて助かった」
 戸惑う二人を余所に、一人元気になる恒河沙がニーニアニーは理解できない。
 理解できないが、彼のありのままの姿は不快には思えなかった。
「私も今の名で呼ばれる方が楽で良いよ」
 安心した様に恒河沙の頭に手を置くソルティーを見ながら、それが過ぎ去った日の面影を思い出させ、また自分とミルーファの関係と重なっても見えた。
 国を治めるものとして、決して特別な存在は許されはしない。それでも自分を王としては見ず、ただの一個人として認めてくれる存在だけを求めてしまう。
 国を背負うソルティアスではなく、一個人としてのソルティー。恒河沙は何の躊躇いもなく後者を選んでくれた。
「ありがとう、恒河沙」
 掛け替えのない存在は、ただ嬉しそうに笑顔で応え続けた。

 それから少しして、夕食の時間が迫ると自然にお腹を鳴らした恒河沙を部屋に戻らせると、ソルティーは漸くニーニアニーの表情が曖昧に微笑んでいるのに気が付いた。
「何も話ては居らなかったのだな」
 言う必要性を感じた訳ではないが、それなりに理解して雇われているのだとニーニアニーは思っていた。
 だからこそある程度の認識を持っていると判断して、彼は初対面の時にソルティーの事を口にした。何もかもを知らせる為に。だが結局その言葉はソルティーにとって裏目にしかならなかったが。
「ああ……。本当なら、カラで帰すつもりだった」
 未だにあの時躊躇った自分を情けなく思う。
 そんな不安を駆り立てる表情に、ニーニアニーは眉根を寄せた。
「一人で行くつもりだったのか。それは荷が重すぎる」
「今の方が重い。自分一人だと思っていた方が、遙かに楽だった。それに、彼等に何をどう話せば良いんだ? 此処にいる人間は、本来は存在してはならない人間だと? 誰が信じる、……信じられたくもない。私自身が今でも信じたくないと言うのに、とても話す勇気は出ない……」
 堰を切り始めた本心を、俯きながらも話す事が出来たのは、彼に自分と同じ思いを知る事が出来ると信じていたからだ。
「情けない話だが、あの子に事実を知られる位なら……今直ぐにでも逃げ出したい」
 恒河沙が疑いもなく自分を見つめれば見つめる程、心の何処かで彼が見ているのは本当の自分ではないと思ってしまう。
――私はそれ程強くない。
 期待されればされるだけ、弱さが露呈してしまいそうで、子供の頃に覚えた弱さを隠す処世術が今では疲れるだけだった。しかしそれを止められないのも、弱い自分自身を助ける一つの手だてだ。
「ソルティアス?」
 ソルティーの言葉が理解出来るからこそ他に言葉が浮かばず、名前を呼ぶ事くらいしかニーニアニーには出来ない。
 語感から気持ちは伝わったのか、ソルティーは顔を上げ、微かな笑みを浮かべた。
「判らないものだな、人の心などは。あの子と出逢った頃は、話す必要が無いから話さなかっただけだった。……それが今は、話す事が恐い。もし本当の事を知れば、少なからずあの子が私を見る目を変えてしまうのではないかと思うと、恐くて仕方がない」
「余が言う言葉ではないかも知れぬが、そう言う気持ちを今まで持てなかったのだとしたら、その変化はソルティアスにとっては良い変化をもたらしたのだと思う」
「……そうだな、私も今はそう思える。以前は復讐しか考えて居なかった。ただあの日総てを失った者達の為にだけ、今の私は居るのだと信じていた。しかし、今はあの子の生きている世界を護りたいと思う。誰に言われるまでもなく、それが出来る今の自分を嬉しく思う」
 結果として自分の末路が変わる事は無くても、少なくともこれで過去だけに囚われずに今を見ることが出来る。
 結果が同じであればそれで良いと思っていたが、同じ結果であってもそこまでの経過が満足していける物なら、少なくともその時の自分は喜べるだろうと。
 それが夢の中で、アルスティーナが語った意味のような気がする。
 今のソルティーは、そんな自分の落ち着いた気持ちを心地よく感じていた。