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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「大丈夫だとは言わせない。もしお前が途中で倒れられたら、私ではどうする事も出来ない。それとも私のお前を担げと言うのか?」
「…俺もちょっと無理」
「我が申して居るのはその様な事では――」
「それにこの城以外からは、お前は飛び立てない事を忘れないで欲しい」
「ぬぅ…」
「我慢する事だ。確かにお主の言う様に、この森が安全とは断言は出来ぬが、少なくとも外への被害は防ぐ。道程を短縮するも可能だというのも忘れては困る」
 必ず直面するだろう現実を説くソルティーと、その後を継いだニーニアニーの言葉に、ハーパーは深く項垂れた。
――我は、また遅れをとるのか。
 拳を握り締めても、のし掛かる不安が拭えない。
「我は、もう二度と繰り返したくは無いのだ。どうして判っては下さらない」
 ハーパーの低く絞り出す言葉には、自分自身に対しての悔恨も含まれていた。
 待つだけの不安と、側に居られない悔しさが根本にあり、どうしても忘れられない過去を思い出させる。
「主は……それ程我が不要だと申すのか」
 そうでは無いと頭では理解しているが、心が否定する。例え竜族であろうと、忠誠心は人と何ら変わりはないのだ。
 そんなハーパーの言葉にソルティーは激しく首を振った。
「お前が必要だからこそ頼んでいる。不要だと思っているなら、始めから連れては来なかった。何よりも大事だと思っているからこそ、無理をして欲しくないんだ。……そして何よりも、私にもう一度だけ、お前の待つ場所へ行く約束をさせて欲しい。もう二度と約束を違えたりはしないと誓うから、お前の元へ行くから、だから先で私を待っていてくれ」
「主……」


『ハーパーは心配性過ぎる。判ってる、お前に言われた通りにすれば良いのだろ? ――だから心配するな。直ぐに行くから。ハーパーは安心して待っていてくれ』


 ハーパーの目に、在りし日の光景が浮かんでは消えた。
――我は……またしても愚かな事を……。
 過去における自分の苦悩は、同じくソルティーの苦悩。ただその立場が、待つ身と待たせる身の違いなだけ。
 自分が辛い過去を口にすれば、彼に同等かそれ以上の苦しみを与える事に気付き臍を噛む。
「御意に従おう」
 ハーパーは自らの身勝手さに後悔しながら、言葉少なにそう告げる。今はただ、今度こそ願いが叶う事を祈りながら。
「先に行って待っていてくれ。必ずお前の元へ行くから」
「うむ」
 今度こそしっかりと頷かれる姿を確かめ、ソルティーは内心ホッとしながら顔に笑みを浮かべた。
「ではもう暫くは此処で静養して貰おう。術師が嘆いたいたぞ、我慢などせずにもっと早くに言ってくれればと」
 溜息混じりに告げるニーニアーの言葉に、部屋の雰囲気は一転し、全員が苦笑する。
 ハーパーでさえ同じで、穏やかになった眼差しで、もう一度頭を下げた。
「申し訳ない。では御言葉に甘え、我は暫し隠居と勤しもう」
「ハーパー、出立する日が決まり次第言いに来る。勿論、暇潰しの相手に来るつもりだよ」
「うむ」
「それじゃあ」
 先に立ち去るニーニアニーによって開けられた扉。そこへ向かいながらのソルティーの言葉と、恒河沙がその後ろに続く姿を、ハーパーは若干残る不安を胸に見送る。
 しかし、丁度ソルティーが部屋を出た時に、急に恒河沙だけが走って戻ってきた。
「ハーパー、俺がちゃんとソルティーの事するから、約束するから、ちゃんとハーパーは体を治してよ」
 それだけを言うと満足したのか、また走ってソルティーの後を追い掛けていった。

「不可思議な存在だ」
 数日前に見せた姿が嘘の様に、普通にソルティーの横に居る恒河沙が不思議に思える。
 恒河沙にソルティーの事を頼んだのは、始めはほんの僅かな期待からだった。とても総てを信じていなかった事だった筈が、今では彼の言葉を鵜呑みにしても構わないとさえ思えた。
――あの様な人間は初めてだ。
 裏表の無いと言うより、裏と言える気持ちが存在していない様にも見える。そんな人間は、ハーパーの知る限り子供でも居ない。
――訳有りと申して居ったな、あれにも何らかの故が有るのか。
 須臾の意味深な言葉を思い返し、恒河沙に対しての洞察を深める必要性をハーパーは感じ、同時にソルティーの元へ現れた魔族との関連を考え出した。




 呪術室から出た後、三人は中庭に面したテラスでテーブルを囲み、用意された紅茶とお菓子を口に運んでいた。
 尤もそうしているのは恒河沙だけだったが。
「なあ、須臾はハーパーみたいのしてくれないのか?」
「あの者は獣族であろう? ならば順応性に優れた者だ」
 食べながら話す恒河沙にニーニアニーは一度不快な表情を浮かべるも、自分に向けられた言葉に直ぐに答えを口にした。
「……じゅー…にゅうせいって?」
 恒河沙としてはニーニアニーは大嫌いだったが、どうしてか今ではソルティーが仲良く話ているので、どうでも良くなっていた。
「じゅんのうせい」
「じゅん…にょ……の、せい」
「違った場所に変わっても、直ぐにその環境に慣れる事を、順応性と言うんだ。須臾はハーパーよりも、此処に慣れるのが早かったから大丈夫だよ」
 それ程難しくもない言葉に疑問を浮かべる恒河沙と、それを普通に受け答えるソルティーを、奇妙なものを見るようにニーニアニーは眺める。
 明らかにソルティーは恒河沙に対して、長年共にいたハーパーよりも安心して話ている様に見受けられた。ソルティーとハーパーの間には、誰にも入り込めない強い絆がある。しかしハーパーがソルティーを“主”と呼ぶ限りは、決して越えられない隔たりも存在していた。
 人の上に立つ者として、それは必ずや受け入れなくてはならない孤独でもあり、同じ気持ちをニーニアニーも抱いていた。だが彼がミルーファによって、漸くその孤独から解放されたと同じに、ソルティーも恒河沙によって救われているのだろう。その事が自分の事の様に嬉しく思う。
「ふーん。それじゃあ、三人で行けるな」
「ああ、そうだな」
 ソルティーは、何の心配も不安も持たない恒河沙に、ある種の頼もしさを感じて頷く。
「森を抜けるまでの案内を二名用意する予定だ。多くても煩わしいだろう」
「お願いする」
「あのさあ、前みたいに穴を通らないのか? あれだったらハーパーよりも早く行けるんだろ?」
 指先で円を描く恒河沙に今度はニーニアニーが首を傾げる。
「穴?」
「空間回廊の事だ」
「ああ、あれか、あれは無理だ。今ではあれを維持できる者は居ない」
 すかさず入れられたソルティーの説明に納得したニーニアニーに対して、その答えは恒河沙にはどうにも納得できない言葉だった。
「居ないって、したじゃないか」
「力を借りたのだ。だがそれもあれ一度きりの事。忘れろ」
 ニーニアニーはいとも容易く断言すると、優雅に自分用のカップに手を添える。
「う〜〜」
 自分よりも遙かに年下の筈のニーニアニーに言い返したいのだが、彼の持つ威圧感がそれを許してくれず、唸りながら睨み付けるのが精一杯だった。
「恒河沙、彼の言っている事は本当だよ。前に須臾を跳躍させるだけでも、何人も術者を必要としただろう? 場と場を繋ぐ術はもっと高度で、そう何度も出来るものじゃない」