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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 ハーパーはこんな嗚咽を交えたソルティーの声を聞いた事はなかった。
 弱さの無い者など居ない。それを吐き出す者など幾らでもいる。ソルティーも同じ事で、苦しさに耐えきれずに吐き出された言葉は、様々な形をしていた。けれどもこんなに傷付き打ち拉がれた言葉は聞いた事がない。
 慰める言葉は幾つか浮かんでくる。だがそのどれもが本当にソルティーを理解しての言葉なのか疑われ、結局何も言う事が出来ずに終わる。
「……ソルティアス様」
 周囲の大人に要求されるままに、子供でありながら大人を演じさせられ続けた過去。今もまだそれはソルティーの中に根深く残っていたのかも知れない。
 腕にしがみつくソルティーは涙を流し続け、ハーパーは何も言えないままずっと彼を腕の中に抱き続けるしか出来なかった。



 翌日の朝を過ぎ、昼を過ぎてもソルティーの姿は誰の目にも触れなかった。
 何度か恒河沙が応接間に足を運んだが、ハーパーによって追い返され、どうかしたのかと聞いても何も答えは返ってこなかった。
「ソルティー……どうしたんだろ…」
「……さぁね。また何か考え込んでんだろ?」
 須臾はいつも通りの恒河沙用の見解を示し、頭の中では別の事を考えていた。
 ソルティーの剣の事、突然現れて消えた男の事、そしてシャリノの事。
 しかしどう考えても前二つは答えを得られそうになく、後者は直接聞く事に決めた。
「僕一寸出てくるね」
「どこ?」
「野暮な事は聞きなさんなって」
 まるでミシャールの部屋に夜這いにでも出掛ける様な言い方をして、軽快な足取りで廊下に躍り出る。実際シャリノの所に行けばミシャールは居る訳だが、手っ取り早く恒河沙を離すにはミシャールの存在を匂わせればいい。
 顔を合わせれば恒河沙に向かって馬鹿と言い切る彼女は、今や彼の天敵となっていた。そんな所に一緒に行くとは言うはずがない。
 須臾が廊下に出た途端、そこら中に遊び回る子供を捕まえシャリノの居場所を聞き、その場所に向かうと違う場所に居ると言われる。何度か同じ事を繰り返して、やっと須臾は居間の近くにある部屋に辿り着いた。
「一寸お邪魔して良いかな?」
 案の定シャリノの側にいたミシャールは露骨に嫌そうな顔をしたが、須臾が話があると真面目な顔で言うと、渋々だが部屋の外へと消えてくれた。
 部屋には椅子と呼べる物はなく、用意された木箱に須臾は腰掛けた。
「で、話ってのはなんだ?」
「あーーんーー、少し聞き難いんだけど、オレアディス様と会ったって本当? その辺の話を詳しく聞きたいと思ってね」
 須臾の口調は何時も通り戯けていたが、真っ直ぐにシャリノ見つめる瞳だけは真剣さを醸し出していた。
 普段の須臾を知らないシャリノにさえ、彼の言葉には並々ならない意味を感じさせる。
 但し内容が内容なだけに、簡単に吐露して良いものかとも思う。
 シャリノが目を細め、須臾の思惑を探ろうとしたが、彼の心は見透かせなかった。
 互いに手の内を探ろうとする掛け合いが無言のままに進み、時間だけが無駄に過ぎていく。
 初めて見た時のシャリノへの印象をまったく別物へと変化させる、この視線のぶつけ合いは二人に時間を感じさせなかったが、朱陽が赤く染まりだした頃になって漸くシャリノの小さな笑みで幕を下ろした。
「判った。どうやらあんたが、力目当ての馬鹿者じゃ無いのは納得した」
「納得してくれてありがとう」
「ミシャールとベリザを助けて貰った礼もあるし、仕方ない」
 そう言ってシャリノは木箱から降りると須臾の腕を掴んだ。



 はっきり言って須臾が部屋から居なくなってからの恒河沙は、徹底的に退屈と暇を持て余していた。
 ソルティーがハーパーの鬣で予測した通り、朱陽が昇る前には雨が降り出して、余計に気分が重くなる。
 部屋の中で一人で過ごす程苦手なものはない。かといって勝手に屋敷の外には出られないし、須臾は何処に行ったか判らないし、部屋の外には沢山の子供が居るし、ソルティーはハーパーが会わせてくれないしで散々だ。
 中でも一番辛いのは、矢張りソルティーに会えない事。
「体の具合悪いのかな……」
 と考えてみるが、どうもハーパーの様子を見ると違う様な気がする。
 どうしてかハーパーの自分を見る目が、今までと少し違って見えた。けど、そのどうしてが判らない。
「俺がまたちゃんとやっつけなかったから怒ったのかな」
 ソファーに座って足をばたつかせてみても、考えつく事はそれ位だった。
 しかしソルティーには怪我はなかったし、結果が上手く行ったのならそれで良いのではないかとも思う。
 ただしもし本当に知らない内に何か悪い事をしてしまっていたのなら、ちゃんと謝りたい。なのに近寄る事も、姿を見る事も出来ないのではしょうがない。
 これまで何回もソルティーを怒らせた事はあったけど、いつもなら怒っていても顔を見せてくれた。少なくともハーパーを使って遠ざける様な事はせず、だから今回は今までとは全く違うのだと勘で判った。
「訳判んねえ……」

 ほんの少しの間だけ見せてしまった無意識の表情。羨望とは違う、相手を自分達とは違うとする眼差しは、どう説明すれば良いのか。
 その眼差しを、劣等感を抱いている者に送ればどうなるか、恒河沙はそれを受ける側でありながら気が付かなかった。

 ソルティー・グルーナは、誰よりも強いと思って居たから。

 彼の弱い部分も今まで何度となく目にしてきたし、それを差し引いても、恒河沙のソルティーへの憧れは決して萎む事はなかった。
 自分達が逃げ惑うだけの炎をいとも簡単に消し、何事もなかった様に立つ彼の後ろ姿は、ただただ凄いと思っただけだ。
 なのに、あの人成らざる男が現れた時、足が竦んだ。
 近付いては駄目だと体が勝手に反応し、その男と訳の分からない話をするソルティーを遠く感じた。
 知らない事が多すぎて、須臾の様に考えを巡らし、自分なりの答えを導くのも得意じゃない。
「も一回行こう…、んで駄目だったら、ハーパーに聞こう……」
 恒河沙はなんとか自分を奮い立たせる為に、態と口にしてソファーから立ち上がる。
 折角傍に居ても良いと言って貰えたのに、このままの状態では全く意味がない。
 せめて自分が悪いかどうかだけでも確かめて、それからまた考えて、自分が出来る事をしようと、少し離れた応接間に向かった。





「うわっ?!」
 シャリノが腕を掴んだ途端座っていた木箱が無くなって、須臾は盛大に後ろに転けた。
「お、悪い、済まなかったな」
 シャリノは気持ちの伴わない言葉と共に、腰を痛そうにさする須臾に手を差し出したが、その小さな手を須臾は辞退した。
 二人が場所を変えた先は、隅の方に小さな明かり取りの窓があるだけの、狭い部屋だった。薄汚れた傾斜のある天井を見れば、其処が屋根裏部屋なのが判る。
「此処ならミシャールに立ち聞きされないからな」
「知られちゃまずい話って訳?」
 打ち付けた腰を庇いながら立ち上がり、適当に座る場所を探し、太めの梁に腰掛ける。
「まぁな…」
 シャリノも須臾の前の梁に腰掛け、片足も乗せて膝に腕を置く。