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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「なんだよって、失礼な言い方してくれるじゃない」
「うわぁ!」
 突然目の前に現れたミシャールとハーパーの姿に驚いた恒河沙は、咄嗟に飛び退き須臾の後ろの隠れた。
「まっすます失礼な奴!」
「……ここ何処だよ? どうして俺達急に此処に居るんだ?」
 恒河沙は古ぼけた屋敷の入り口らしき場所を見渡しながらそう言い、その言葉にミシャールは自慢げに胸を張った。
「此処に来たのは兄さんの力だ。んでもって此処は、あたし達の隠れ家」
「隠れ家……あれ? ソルティーは?」
「そう言えば兄さんも遅いな」
 今にも壊れそうではあるが、かなりの広さのそこを見渡しても、自分達以外の者は見当たらない。
 途端に不安になる恒河沙の耳に、聞き覚えのない子供の声が聞こえた。
「ミシャールお姉ちゃん!」
「帰ってきた!」
「みんなっ!」
 何処からともなく飛び出してきた子供達が、喜び勇んでミシャールに集まる。
 下は二三歳から上は十五六の様々な種族の子供が、しゃがんで両手を広げるミシャールに抱き付き、中には泣き出す子供も居た。
「お姉ちゃん、どこ行ってたんだよ」
「ごめんなみんな、心配させちゃって」
 子供をあやすミシャールは今までとは全く違う顔をしていた。
「ミシャール」
 子供の流出が終わった扉から最後に響いたのはベリザの声だった。その声を聞いた途端ミシャールの肩が震え、胸に抱いていた子供から離れ立ち上がった。
 ベリザが一歩一歩踏み締めるようにミシャールに近付き、子供達が一斉に二人から離れた。
 別に二人を祝福してそうした訳ではなく、体が覚えた習性と言う奴だ。
「ミシャール」
 感情の入っていない言葉をもう一度ベリザは口にし、ミシャールは彼が近寄るのをじっと待った。
 ゆっくりと再開の瞬間を味わう様に距離を縮め、漸く彼の手が最愛の者に触れようとしたその瞬間、ベリザの頭上からボトボトと大小の鞄が降って直撃した。
「あ、俺達の鞄」
「おや本当だ」
 見覚えのある荷物に恒河沙と須臾が呟き、その荷物の下からベリザは呻きながら這い出し、挫けぬ気持ちで再度ミシャールへと顔を向けた。その直後、
「俺の妹に手を出すんじゃっねぇいっ!!」
 シャリノの跳び蹴りは見事にベリザの顔面に命中した。
「お兄ちゃんっ!!」
 両手を口に当てそのあんまりな光景にミシャールは思わず叫んだが、床に声もなく倒れたベリザをシャリノは尚も踏みつけた。
「あちゃ〜〜、ベリザ兄ちゃんも詰めが甘いよな」
「ほんと、あんなゆっくりだとこの先も当分お預けよね」
「このままじゃお姉ちゃん何時まで経っても、お嫁さんには程遠いな」
「かっわいそう」
 達観した子供達の言葉も届かず、シャリノのベリザ虐待は暫く続いて、ハーパーを除いた誰もが、ソルティーが後ろに居る事に気が付かなかった。
 まるで除け者にされた子供が、周りで遊んでいる他の子供を羨む様な、寂しさと辛さを堪える彼の瞳に誰も気が付かなかった。


 この日ソルティーは殆ど誰とも口を利かずに夜を迎えた。
 彼が口を開かなかったのではなく、ハーパー以外の誰も彼に話し掛けなかったからだ。
 ただの人では到底不可能な事を見せつけられた。
 人を焼き尽くす炎。その中に佇み、竜族でさえも阻めない力を消し去る力。『普通とは違う』『特別な力がある』そんな言葉では到底納得できない、自分の見た事さえも信じられない異質さ。
 直後に現れた男も、決して人とは感じられなかった。人成らざる者との判断し難い会話は何だったというのだろう。
 判らないから言葉を失った。
 聞けば何かが崩れてしまうのではないかと、これまで築き上げてきた何かが失われてしまうのではないかと。
 だから何処かで待っていた。自分で切り出す勇気を、相手に求めた。
 仕方のない事だとソルティーは割り切り、周りは彼の方からの言葉を待つ。
 ソルティーに言葉が無い事を知らずに。




 シャリノ達の隠れ家は、ジギトールの隣国のウィルパニルと言う国に在った。
 山に囲まれた小さな村の外れに建てられていた屋敷は、とうの昔に捨てられ廃墟になっていた。そこを勝手に使わせて貰っている。
 かなり広い屋敷なのだが、住んでいる子供の数は三十人近くにもなり、部屋の数は足りないくらいだ。
「四、五日は様子を見た方が良いかもな。レス・フィラムスは結構王室に取り入っていたみたいだし、あれだけ派手な事をしたんだ、手配書が回るかどうか調べないとな」
 そう言ってシャリノはソルティー達に寝場所を提供した。
 とは言っても、まともな部屋は一つもなく、須臾と恒河沙は居間にソルティーとハーパーは応接間にそれぞれ置いてあるソファーを使っての就寝となった。
 子供達が遊んでいる所為か、ソルティーが横になったソファーは所々布が破け、中から綿やバネが見えていた。その上にシーツを被せ、枕は自分の腕になった。
 しかしソルティーの目は瞬き以外で閉じられる事はなく、一向に訪れる気配のない眠気に嫌気が差し体を起こした。
「眠れぬのか」
 暗闇でハーパーが声を抑えて聞き、ソルティーは立ち上がると彼の所まで近付いた。
「少し傍に居ても構わないか」
「それは構わぬが……」
 ハーパーが微かに戸惑いを感じたのは、ソルティーの声に昔の響きを感じたからだ。
 迷い苦しみ、それでも前に進まなくてはならず、心を偽りながら出されていた声。
 それがいつの間にか消えていた事、そして今それが戻ってしまった事にハーパーは同時に気付き、脚と胸に掛かった重みを複雑な気持ちで受け止めた。
 ソルティーはハーパーの組んだ胡座の上に腰を下ろし、彼の胸に凭れながら目を閉じる。
「眠れないのではないんだ、本当は眠る必要も無い事なんだ」
 ぽつりと呟いた言葉にハーパーは体を緊張させた。
「何もしなくても生きていられる。食事を摂らなくても、眠らなくても、呼吸さえ止めても、私は動く。……それを生きていると言えるか?」
「主……」
 告白めいたソルティーの言葉にハーパーは何も言えず、両腕で彼を抱き締める事しか出来なかった。
 ソルティーは回された腕に触れ、冷たく堅いハーパーの皮膚を何度も撫でた。
「夢を…見ていた……」
「夢?」
「ずっと子供の頃から、夢だった。自分の事も周囲の目も気にせず、友達と遊んで喧嘩をして、たわいのない事で笑ったりする、ずっと、そんな普通の時を過ごしたかった。夢だったんだ……」
 ハーパーの腕に滴が落ちる。
 止まる事はなく、何度もそれは落ち続けた。
「だから少しだけ……忘れていた。このまま旅を続けられたら…良いと……夢見てしまった……。私は…子供の時から……そんな事ばかり……。どんな事をしても、もう昔には戻れないのに……普通になど成れないのに……、また…馬鹿な夢を……見たんだ……」
 男の言葉が消えない。
 恒河沙の目が忘れられない。
 諦める事は得意だった。
 期待しない事も直ぐに覚えた。
 しかし一度遠退いた距離を縮める方法は、誰も教えてはくれなかった。
「……人ではなくなったと判っていた筈なのに、期待していたんだ。…馬鹿な夢だと判っていた筈なのに……もしかしたらと……夢を見ていたんだ……」