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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 涙を流しながら訴える掠れた声に、男はもう一度大袈裟な高笑いを浴びせかけた。
『ああ、楽しかったぜ。お前が俺のお告げとやらにほいほい従って、みみっちい戦なんかを仕掛ける様は、久しぶりの退屈凌ぎになった。それは感謝してやるよ』
 男の言葉にルカヌスは意識が遠退くのを感じた。
 ルカヌスの耳に届いたある日の言葉は、『力が欲しいのか?』。総ての始まりはその一言だった。
 威厳在る言葉。宿された力。疑いようもない神の啓示だった。
 願い、求め、そして手に入れたのだと信じていた。だからこそ、神が求めるからこそ戦へと走ったのだ。
 それがただの暇潰しだと言われ、そして今、何者かも判らぬ男に踏みにじられている。
「……貴様……貴様ぁぁっ!!」
 握り締めていた紋章を投げ、ルカヌスは男の足に手を掛けた。
 しかし男の足はびくともせず、余計に力を加え彼を床に押さえ付ける。
『だから地に這う者は馬鹿だと言うんだ。自分の力が通じる相手かどうかも判断出来ねぇなんてな。お前はもう用済みなんだよ、消えちまいな』
 ルカヌスの悔しがる顔を覗き込んで男が指を鳴らした。
「ぎっ…ぎゃああああああああああっっ………」
 ルカヌスの体から一斉に火の手が上がり、男の足の下で藻掻き苦しみながら炎に包まれた。しかし男の体には一切火は燃え移らず、その炎はルカヌスだけを焼き、そして彼を殺した。
 真下で燃える人の姿に男は悦楽の笑みを浮かべ、暫くそれを楽しんでから視線をソルティーへと向けた。
『クク…馬鹿な奴だ、なあ、そう思わないか?』
 男は更に口元の笑みを深くするが、その瞳だけはそうではなかった。
 まるで自分を宿敵とする様な増悪を含んだ眼差しを、何も言わずにソルティーは冷静に見つめ返す。
『返事位したらどうだ? 消されし者共の可愛いお人形ちゃん』
「……っ!」
『そうだ! その顔だ! わざわざ出向いてやったんだ、お上品に畏まられては興醒めだ』
 消し炭になったルカヌスを踏みつぶしながら、男はソルティーの目の前まで近寄り、彼の胸に指を突き付けた。
 殆ど変わらない目線でソルティーを見据え、ソルティーもその瞳を真っ直ぐに捕らえる。
『剣は抜くなよ、俺は貴様みたいな化け物と争う馬鹿じゃないんだ』
 戦う意思の無い男の言葉にソルティーは手を柄から放し、その瞬間から男の声はソルティー以外には届かなくなった。
「何をしに来た」
『お告げだよお告げ、神様からの有り難いお告げだ』
 息が触れ合う程近付いた男の指が、ソルティーの喉に触れる。
『ツァラトストゥラは動いちゃいねぇ、彼奴の下僕をしているのはグリューメだけだ。知りたかったんだろ、お人形ちゃん?』
「………」
『下手に疑われて配下を失いたくねぇからな。これでも俺達は享楽主義だ、シルヴァステルの好きな様にされちゃぁ、俺達の楽しみが無くなっちまう』
「なら何故シェマスに従わない」
『俺の知ったこっちゃねぇが、強いて言うなら因縁浅からぬって奴だ。どうせ俺達が動いた所でどうにもなりはしないだろ? だから俺達は高見の見物をしていてやるよ。その代わり、此処の事は無かった事にしてやる。まっ俺もばれちゃまずいんでな』
 そう言ってまた微かに笑い声をソルティーに聞かせ、男は数歩後ろに下がった。
『じゃあな、二度と会う事は無いと思うが、もし会えたら思う存分殺し合おうぜ』
 男の体が言葉と同時に火柱に変わり、それは瞬時に小さくなり消えた。
 ソルティーは暫く動く事が出来ず、男が消えた空間を呆然と見つめていた。
「主……」
 近寄ってきたハーパーに肩を掴まれ漸く後ろを振り向き、彼以外の眼差しを感じた。
 いつもなら駆け付けてくる筈の恒河沙ですら、立ち尽くしたまま動こうとしない。誰もがその場で今見た事の意味を考え、そして理解できずに居た。
「……うか…、そうだな…」
「主?」
――私は人形だった……。
 男の言葉が耳から離れず、忘れかけていた現実を突き付けられ、思わず泣きそうになった。
 ルカヌスの炎を消す方法が他には無かった。だから剣を抜いた。間違いのない選択を自分は選んだ筈なのに、悲しい後悔だけが胸に広がり、苦しくて歪んでしまう顔を俯かせ隠した。
――彼処は私の場所ではない。
 いつの間にか一緒に居る事が普通になっていた。
 傍にいて、話をし、楽しい事に笑い合う。それをいつの間にか普通の事だと感じてしまっていた。
 だからこそ自分の回りに決して消せずに残っていた線に、またこうして気が付いてしまった。
「主…」
「大丈夫、少し疲れただけだ」
 知ってしまった疎外感を掻き消す為に、無理をして顔を上げた。
「戻ろうか、此処に居ても仕方がない」
「…そうで有るな。お主達、何時までその様に突っ立っているつもりだ」
「えっ、あ…うん…」
 ソルティーの代わりにハーパーが気丈な声を上げ、須臾達は弾かれた様に動き始めた。
「……お兄ちゃん…どうすんの?」
 ミシャールの呆けた言葉に、シャリノは暫く考えてから大きな声を出した。
「あんた等も此処から一緒に出るか?」
 しがみつくミシャールを連れ歩み寄ってくるシャリノに、恒河沙と須臾が不思議そうな顔を向けた。
「このまま上に上がって見つかったら事だろ? 一端俺達の所に身を隠さないか?」
「お兄ちゃんがそう言ってんだから、有り難くお受けしろ」
「そうだな…その方が良いか。頼む」
 シャリノの力を知っているソルティーがそう言うと、シャリノは頼もしげに頷いて、全員を一カ所に集めた。
「んじゃまあ行きますか」
 訝しげな顔を連ねる須臾と恒河沙を最初に触れ、その次にミシャールとハーパーに触れた。触れた瞬間に姿を消していく姿を見送り、最後のソルティーの番になってシャリノは手を止めた。
 その代わりに出したのは、意味深な問い掛けだった。
「あんた、俺と同族か?」
「同族?」
「神様と契約を交わした同族かって事だ。俺は自分の時を渡す代わりにこの力を貰った。あんたは何と交換したんだ?」
 彼の言っている意味が理解出来たソルティーは小さく皮肉を込めて笑った。
「命だ、私の命だよ」
「そりゃえらく物騒な契約だな」
「クッ――もっとも私は君の様に、力を貰った訳ではないがね」
「は?」
「成ったんだよ、私自身がそれに成った」
「何言ってんのか……いや、すまん詮索しすぎだな」
 ソルティーの自分自身に対する皮肉めいた言葉に、シャリノは口を噤んだ。
 シャリノ自身は自分の力に満足し、今の姿を悲しんではいない。しかし自分一人だと言う孤独感は確かに存在する。だからわざわざソルティーだけを残し確認をした。
 しかしソルティーの言葉は、追求するには痛々しすぎた。彼が何を言っているのか判らないが、自分を他人事の様に嘲笑しなければならない孤独は、誰よりも知っていた。
「じゃあ送るぜ」
「ああ、その前に宿に行ってくれないか。荷物を置きっぱなしだ」
「了解」
 自嘲した笑みを湛えるソルティーにシャリノは手を触れさせ、彼の姿を消してから自分もそこから消し去った。





 シャリノが腕に触れた瞬間、突然現れた別の景色に恒河沙は目を丸くした。
 そして恒河沙の隣に居た須臾も同じだった。
「なんだよ此処は…」