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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 ミシャールもそれを理解しているからか、須臾の言葉に躊躇う顔を見せ、答えを出すまでに暫く時間が掛かった。
「……あたしも良く知らないんだ。ほんと言うと、オレアディス様を信仰しているのは、兄さんとベリザだから」
「何かあったの?」
 言い淀む彼女に何か裏があると判りそう訪ねると、彼女は頷いた。
「あたしが産まれる前の話しだし、兄さんはあまりその時の事話してくれないから。でもオレアディス様が兄さんの前に姿を見せてくれたのは聞いた」
「現れたって……この国に?!」
「兄さんが嘘付いたって言うのかよっ!」
「あ、ごめん……。そう言うつもりじゃ」
「……判ってる。精霊神に会ったってだけでも眉唾もんの話だよな。だけど兄さんは絶対に嘘なんか言わないし、……ベリザは嘘が言えない。だからもっと詳しく聞きたいなら、直に兄さんに聞いてくれた方が良い」
 ミシャールは言葉を選んでいる様だったが、嘘を言っている風にも見えず、聞きたい事は多く浮かんでいたが、須臾は仕方なく質問を止めた。
 須臾は深い溜息を吐き、脳裏に思い出された明るい元気なイェツリの顔に頭痛がした。
――こんな所で何やったんだよ、あんたはぁ……。
 もしかしなくても恒河沙よりもお転婆だった彼女に、須臾は心の中で問い掛けるが、彼女は何も言わずただ笑い続けるだけだった。



 買い物をしながらガバウィの様子をさっきよりも丁寧に確認してきたソルティー達が部屋に戻り、一息ついた頃にハーパーも部屋に帰ってきた。
 但し部屋に戻ってきた彼を見た瞬間ソルティー以外は、彼を不法侵入者だと疑い、目の前で瞬時に見知らぬ僧服の男から、本来の巨体へと姿を変えた彼を見て、三人は息を飲んだ。
 恒河沙と須臾は、彼が見せ掛けを変化させる事をすっかり忘れていたらしい。
「どうだった?」
 驚いた様子の三人を気にも留めず、ハーパーはソルティーの前まで来ると小さく頷いて見せる。
「そうか。ありがとうハーパー、ご苦労だった」
「否」
 ソルティーはハーパーの持ち帰った確認に一人納得して、訳が分からないと三人で顔を見合わせているミシャールに顔を向けた。
「シャリノはまだ神殿に居たそうだ」
「本当かいっ?!」
 ミシャールは歓喜の声を上げてソルティーに詰め寄り、彼の襟首を掴んで大きく揺する。
「ほんとなんだろうな、本当に兄さんは彼処に」
 彼女の言葉にソルティーが頷くと、弾かれた様にミシャールは部屋の外に飛び出そうとし、ハーパーが彼女の腕を掴んで無理矢理引き戻した。
「どうして止めるんだ!」
 びくともしないハーパーに取り押さえられた体を、必死に振り解こうと藻掻くミシャールの前にソルティーは立ち、周りの見えなくなっている彼女に冷静な顔を見せる。
「焦って一人で行ってどうなる」
「だってっ……」
「君一人がどうにか出来る相手なのか? 今更勝手に行動されて、此方まで危険が及ぶと迷惑だ」
 これ以上ない程冷めた口調でミシャールを見下ろし、彼女の怒りの矛先を自分に向けさせた。そうすれば彼女が血気だって部屋を飛び出す事よりも、自分に対して意識を向けると思っての事だ。
 宥め賺して落ち着くのを待つよりも、その方が手っ取り早い方法ではある。
「私達は盗賊ではない。行き当たりの行動をしては、捕らえられる恐れがあるだろ」
「うるさいっ! そんな事はやってみなくちゃわかんないだろ!」
「だから何の為に私達が此処に居る。ただ君を此処に送る為に来た訳ではない」
「それはっ……あ……」
「手伝うと約束した。しかし此方にもそれなりの事情がある。必ず成功させなければならないし、二度目は用意されていない大仕事だ。焦っても、何の得にもならないだろ」
 急速に怒りが静まっていくミシャールと視線を合わせ、ソルティーは彼女に微笑んで見せた。
「此処にいる全員が、あの神殿の内部を知らない。闇雲に動くより助け合った方が、成功する可能性も高いだろ?」
 その言葉に唇を噛み締めて頷くミシャールからハーパーは腕を放す。
 ソルティーに言われた事の正しさに、ミシャールは直ぐにカッとなってしまう自分自身に腹立たしさを覚え、その場に項垂れて立ち尽くした。
 仲間意識が強く、互いに信頼し有ってしなければ勤まらない生業なだけに、未だ自分達を部外者だと思っている彼女に信用しろとは誰も言えない。
 ただ黙って彼女が彼女の意思が固まるのを待つだけだ。
「恒河沙、先刻買った地図を出してくれ」
「うん」
 恒河沙がベッドに置かれていた紙袋の中から二枚の地図を取り出し、ソルティーの指示でテーブルに広げる。その周りに全員が集まり、街を細かく描いた地図と、ガバウィ周辺まで大雑把に描いた地図を見比べた。
「さて一応計画を立てなければならないのだが、ミシャール、君ならどうこの神殿に潜り込む?」
 主導権は握るつもりだが、最初から勝手に進められるのはミシャールでなくとも反発する。
 そう考えてソルティーは地図のやや左に位置するレス・フィラムスの神殿を指で押さえながら、まずそれを彼女に聞いてみた。
「どうって……」
 町外れに孤立した神殿ではない。周りを所狭しと建てられた民家等に囲まれた神殿に目を落としながら、ミシャールは何度か喉を唸らせる。
 そして指を神殿の側面に当て、もう一度唸る。
「普通なら此処だと思う。他の三方に比べてこっちの方が民家も多くて、人通りも夜は少なそうだ。それと、正面から忍び込むよりも、裏手や側面の方が警備は多くなるけど、その分目的の場所に近い」
「ハーパー、その辺はどうなる?」
「うむ。我の進入が許せる場までは、それ程警備はされて居らぬ。しかし、下方より幾重にも及ぶ結界の気配が感じられた。恐らくその地下に、多くの術師が配置されていると考えられる」
「そうか……。神殿内の様子を出来るだけ細かく書き記してくれ」
「御意」
 ハーパーは頷くとテーブルから離れ、部屋の隅でその用意を始めた。だがソルティーが話を計画に戻そうとしても、他の三人はハーパーの行動に釘付けになっていた。
 彼が何もない空間から自分用の筆と大きめの紙を取り出すのを見て、目の前で当たり前の様に行われた普通ではない現象がその理由だ。
「……便利だなぁ」
 羨ましいと裏にある恒河沙の呟きに二人が頷いて、ソルティーは額に手を置いた。
 この後彼が何を言うのか判ってしまうから、目を輝かせて自分を見つめる前に口を開く。
「竜族は予め自分達専用の空間を作りだして、其処に必要な物を入れて居るんだ。彼等程の体格だと、持ち物も大きくなるから、人の世では邪魔になる。だからと言ってその空間に何でも入れられる訳じゃない。一つ一つに定められた定義を植え付けなければ、その空間の場自体が不安定になるから特定の物しか入れられない。だから恒河沙、お前の食べ物は彼処に保存するのは無理だ」
「………あう〜〜」
 期待して想像していた事を言う前に否定され、涙目で項垂れる恒河沙を見つめる須臾は、ソルティーの素早かった対応に感動して拍手した。
――珍しい事もあるもんだ。
 感心する反面、一度でも恒河沙に口を開かせればどんなお願いをされるか判らないと言った、身に染みついてしまった習慣への脅えに同情もする。