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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 そんな複雑で微妙な視線を受けるソルティーは、一度咳払いをする事で気を取り直して地図に向かった。
「話を戻す。ミシャールの言う通り夜に進入した方が人目は避けられるが、夜になれば神殿の周囲に結界を敷かれる事は予想される。壊す事は出来るが、そうなれば早く見つかってしまう」
「そんな事は判ってる、だからいつもは……、そっか今は兄さん居ないんだ。じゃあどうすんのよ」
「だから明日の昼前に忍び込みたい」
「なっ! あんた馬鹿? 昼間なんか、神殿の奴等全員起きてるじゃない。そんな所に行ったら、直ぐに捕まるに決まってんでしょっ!」
 ミシャールはテーブルを思いっきり殴り、彼女の言葉に須臾も納得した。
 しかしソルティーは彼女の言葉に頷きはしたものの、自分の言葉を覆したりはしない。殴られた拍子に落ちそうになった地図を押さえ、また怒り始めたミシャールに一息吐いてから笑みを見せた。
「僧侶総ての勤めが、神殿内の業務とは限らないだろ? 特に朝は神殿外の活動が主だ。彼等が外に出るのを見計らって、手薄になった神殿に潜り込むのが得策じゃないか? どうせ地下に入れば夜も昼も変わりはない」
 その言葉にミシャールは叩き付けた手をテーブルから退け、戸惑った表情を浮かべる。
 そして須臾は納得したかの様に、両手を叩き合わせた。
「成る程、昼なら信者の為に結界は外されるもんね」
「そう言う事だ。信者が多ければそれだけ一人一人に目を配る余裕もない」
「それに出掛けた奴等が戻ってくるまでには、時間が掛かる」
 須臾の言葉にソルティーは頷く。
「何よそれ……」
 二人の話にミシャールは異を唱えたかったが、上手く言葉が見つからない。
 そんな口ごもる彼女に二人は顔を向け、先に須臾が口を開く。
「ミシャールの気持ちは判るけど、僕達盗賊じゃないから。君達みたいに、誰にも気付かれずに忍び込むなんて芸当は、やってみたいけど無理なんだよね」
「こそこそしても結果が同じなら、出来るだけ堂々と進入してみないか? その方が気分が良い」
「き、気分って……。ハァ…もう判った、その計画で行けば良いんだろ」
 二人の言葉に脱力感を露わにし、諦めた風に首を振る。
 確かに須臾の言う通り、盗賊ではない者に自分と同じ事を要求するのは難しく、どんな提案を出した所で、それは効力を成さないと判ってミシャールは考えるのを止めた。
 それにミシャールがシャリノの手を借りずに忍び込んだ屋敷には、結界等の侵入者に対する防御が無かった所ばかりだ。幾ら盗む事に長けていても、その場所に辿り着けなければどうする事も出来ない。
「で、明日で良いわけ? もう少し念入りに調べてからの方が良いんだろ?」
 目の前にいる男達を信用した訳ではないが、彼等を頼るしか術が無いのも事実だと胸に刻み込んでミシャールは冷静な判断を言葉にした。
「本当はそうしたいが、明後日には雨期が訪れる」
 ソルティーの断言に三人の視線が集中する。
 一年で数回の雨期は突然訪れる。当然それを予測する等不可能だが、ソルティーは自信たっぷりに、神殿内部の絵図制作をするハーパーを見つめた。
「ハーパーの鬣が少し下がっているから」
 誰にも判らない微々たる変化を指し示すソルティーに、須臾とミシャールは呆れ、恒河沙は羨望の眼差しを送る。
「……猫じゃ有るまいし…」
 須臾の馬鹿にした一言に、ソルティーは乾いた笑いを浮かべて頭を掻いた。
「でも、どうして雨降ってると駄目なんだ? 降ってる方が紛れるじゃないか」
 やっと自分が話に参加出来たと少し満足そうな恒河沙に、全員の(ハーパーですら離れた場所から)何とも言えない複雑な視線が注がれ、その真意が理解できない恒河沙は真剣に首を傾げた。
「あんた…本気で馬鹿やってたんだ」
 やってるも何も、普通馬鹿を生業には出来ないが、ミシャールの噛み締める様な言葉には実感が隠っている。しかも彼女の顔には、恒河沙に対する気の毒そうな同情さえ浮かんでいた。
 その傍らでは、ソルティーと須臾が否定出来ない恒河沙の知識の低さに頭を痛めた。
「また、馬鹿って言った……」
「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ馬鹿っ! 空から降ってくる雨にどれだけ理の力が含まれているか、そんなの今時三歳の子供でも知ってる事だろ!」
「………そなの?」
 ミシャールに捲し立てられソルティーから須臾へと恒河沙は顔を向けるが、どちらも肩を落として頷くだけだ。
「……そうなんだ……」
「ハァ〜〜、何なんだよこいつはぁ。……あのなぁ、雨って先刻も言った様に、理の力の宝庫だ。それが降っているって事は、その間大気中の理の力も増えるって事。それは判るよな?」
「なんとなく…だけど……」
「……んでだな、そんな中で呪文を唱えたら、本来の力よりも呪法の力は大きくなるし、敷かれている結界だって強くなるんだ。神殿には多くの術師が居るし、張られている結界も多いんだよ。だから、術師を相手にする時には、雨期は絶対に避ける! これは常識中の常識だ! 良っく覚えておけっ!」
「………うん」
 鼻先に突き付けられたミシャールの人差し指に向かって、恒河沙は何故か反省しながら頷く。
 その姿にミシャールは完全に毒気を抜かれた。
 矢張り結びつかないのだ。聖聚理教で自分を簡単にねじ伏せた時の恒河沙は、彼女の感覚では化け物と表してもおかしくない者だった。
 だから自分達は負けたのだと信じていた。
 それがいざ対峙してみればこんな知能指数の低い子供以下とは、落胆や呆れを通り越してしまう。
――兄さんの話とは違うよなぁ。ほんとに此奴なのか?
 想像していたのはもっと思慮が深く、隙のない戦い方と同じの計算高さだった。
 理想と現実の差にミシャールは溜息を吐きつつ、突き出していた指を引いた。
「あああもう良い、あったしもう疲れたから寝るわ。後はあんた達で勝手に決めればいいよ。……ったく、なぁんで学舎にも行ってないあたしが教えなきゃなんないんだよ、ばっかみたい。じゃあな、お・や・す・み、お馬鹿さん」
 わざわざ肩を叩いて馬鹿を強調して部屋を出ていく彼女に、恒河沙は何も言い返せず顔を赤くして肩を震わす。
 自覚があるだけ言われると辛いし、言い訳も出来ない。
「俺だって頑張ってるのにぃ……」
 恒河沙に言えるのは精々これ位が限度だった。
 自分の知らない昔の自分だったら、もしかしたら知っていたかも知れない事への苛立ちを、なんとか無くそうと前向きに努力しても、この世界の常識の多さが何時も恒河沙に無知を突き付ける。
 他人が常識と思っている総てが判らないのに、聞いてみると誰もが不思議そうな顔をするか、知らない方がおかしいのだと決めつける。
 気にしない様にしてはいても、知らないよりは知っている方が良いのだと思って、知らない事を必ず聞くように努力した。
 でも、ちゃんと自分を理解して教えてくれるのは、須臾とソルティー位だ。
 とりわけ恒河沙に分かり易く教えてくれるのは、ソルティーしか居ない。だから彼と居ると、昔の自分を気にせずに楽でいられる。
――何時まで一緒に居られるのかな……。